続・ルポ「シュタイナー学校の1年」の連載に至った背景

学校・教育行政関係者から厚い信頼を置かれている教育誌『内外教育』に、2012年4月から2013年3月まで横浜シュタイナー学園の教育が1年間の連載記事として取り上げられました。そのルポルタージュ「シュタイナー学校の1年」は、2013年7月に冊子となって刊行。学園の教育の実際がよくまとめられた内容が学園内外の読者から好評で、現在も手に取られ続けています。

しかし、出版から間もなく4年。その間には創立から10年の節目も迎え、四期生までが卒業していきました。横浜シュタイナー学園の“今”と、学園を巣立って行った子どもたちの姿も伝えたいと思い、前作の著者である田幡秀之さんに続編の執筆を依頼しました。
前作のスタイルを踏襲し、「客観的な視点で描いて欲しい」というのが広報の会から田幡さんへの要望です。『はじめに』にもあるように、田幡さんにはあくまで、一ライターとして取材・執筆いただき、私たちはそのルポを発表する場として学園サイトを提供する、という形を徹底して連載を進めます。 『はじめに』の中の「一ライターとして取材・執筆する」「ルポである以上、事実に即して書くつもりだ」という言葉と、その後第一回の原稿を受け取った時に、前作に継ぐ良作、もしかしたらそれ以上の作品になるかもしれないという期待が高まりました。

学園サイトでの連載は、2017年4月から1年間の予定で、連載終了後は冊子にして出版します。

このルポ続編によって、横浜シュタイナー学園とシュタイナー教育がより広く深く理解されることを願っています。

※最新の3話のみ公開します。
※第1話〜第4話までは約2週間おきの更新。以降は約1か月おきの更新予定です。
※著作権は筆者に帰属します。著作権者の事前の承諾なく、本記事の全部もしくは一部(写真を含む)を、他のウェブサイトや印刷媒体に転載したりすることはできません。

(横浜シュタイナー学園 広報の会)

はじめに

2016年10月に横浜シュタイナー学園卒業生の謙から連絡をもらった。記者という仕事に興味がある、進路相談に乗ってもらいたいという。『ルポ シュタイナー学校の1年』(時事通信社刊)という記事の連載で謙を取材したことがある。謙のクラスで「記者の仕事とは」と題して“授業”をさせてもらったこともある。 当時7年生(中学1年)だった謙は今、高校3年生。将来就きたい職業を目の前の問題として考え始めている。謙に会った。生真面目な少年はそのまま、世界に目を広げた好青年に成長していた。学園は今どうなっているのだろうか、シュタイナー教育を受けた子どもたちはどのように成長しているのか、と考えるようになった。 学園保護者の中島美穂さんからメールをいただいたのは、そんな矢先だった。 「学園広報の会ミーティングで、ぜひともあの続編をつくっていただきたいと話し合いました」 『ルポ…』は12年4月から13年3月までの1年間、通信社の記者として学園を取材し、教育誌に連載したものを、ブックレットとしてまとめた。充実した、楽しい1年だった。あれから4年が経つ。 学園からの依頼は記者冥利(みょうり)に尽きる。取材や書籍化の際の費用はクラウド・ファンディングで調達するという試みも面白いと思った。 今回は通信社の記者としてではなく、一ライターとして取材・執筆する。記事の発表場所は学園のホームページを提供していただくことになった。続編である以上、ルポルタージュの形式にこだわりたい。ルポである以上、事実に即して書くつもりだ。記者の職業倫理として譲れない一線である。その点は学園サイドにも了解してもらった。 インターネットの検索エンジンを使えば、あっという間にいろんなことを調べられる。人間の記憶のあり方が問い直されている。人工知能(AI)の発達により10年後には今ある職業の半分が消滅するという。 社会が大きく変貌する中、未来を担う子どもたちを育てる教育はどうあるべきなのか。日本の教育界では「アクティブ・ラーニング」という耳慣れない言葉が闊歩(かっぽ)し始めている。議論や発表を通じて主体的に学ぶ探求型学習だ。新学習指導要領に基づき、20年度から順次導入される。だが、それは既にシュタイナー学校で行われており、シュタイナー教育の十八番(おはこ)であることを4年前の取材で実感した。大阪府立大学の吉田敦彦副学長は「シュタイナー教育は公教育の水先案内役になり得る」と語った。 水先案内役。辞書にはこうある。 「多数の船舶が行き交う港や海峡、内海において、それらの環境に精通することが困難な外航船や内航船の船長を補助し、船舶を安全かつ効率的に導く専門家」 教育の水先案内役、パイロットに同行し、その取り組みを紹介できることは教育問題を取材してきた記者にとって望外の喜びである。横浜シュタイナー学園に再び乗船し、1年間の航海を始める。『続ルポ シュタイナー学校の1年』の船出だ。 著者・田幡秀之 ※連載中、一部は仮名です。 田幡秀之 時事通信社記者 1991年時事通信社入社。高知支局、経済部、内外教育編集部などを経て2016年4月から金融市場部。著書に『ルポ シュタイナー学校の1年〜学びを選ぶ 学びをつくる〜』、共著に『あなたの隣の外国人?虹はかかるか?』(いずれも時事通信オンデマンドブックレット)

第1話〜第9話の公開は終了しました

最新の3話のみ公開します。 第1話「8年生劇がクラスを変えた=4期生5人と教師の軌跡」、第2話「勉強が面白い=卒業生を訪ねる(上)」、第3話「世界とつながる=卒業生を訪ねる(中)」、第4話「ルート・ファインディング=卒業生を訪ねる(下)」、第5話「心は動いているか=学園のアクティブ・ラーニング」、第6話「浸す道徳=シュタイナー教育の根幹」、第7話「マイノリティ・リポート2037=学園の未来」、第8話「かたつむりクラスのテスト=8年生劇『11人いる!』」、第9話「牛ふんと闘う=農業実習」の公開は終了しています。 「自由への曳航」は、学園WEBサイトでの連載終了後、冊子にして出版する予定です。楽しみにお待ちください。 (横浜シュタイナー学園 広報の会)

第10話 ブラックボックスを体験する=コンピューター

カチカチ、カチコチ。つながった24個の電子部品が音を立てる。部品と接続した操作板上の赤と緑のランプがついたり消えたりする。卒業を1カ月後に控えた2018年2月、横浜シュタイナー学園9年生の神田ひとみクラスは9日間のエポック授業で、「コンピューター」を作ってみた。 公教育でも20年度からプログラミングが必修化されることが決まり、その準備は急務となっている。これまで体験と想像力で学びに取り組んできたひとみクラスだが、コンピューターはそれだけでは動かない。論理的思考が問われる。そもそもシュタイナー学校は子どもたちがデジタル機器を使用することに、否定的だったのではないか。学園は最先端のテクノロジーにどう取り組もうとしているのか。 ■センス・オブ・ワンダー 学園は9年生で行うコンピューターの学びを、6年生から始まる物理学の一環と位置付けている。まず、学園の物理の授業の流れを見てみよう。 「6年生の物理のテーマはワンダー(wonder=不思議に思う、驚嘆する)です」と、ひとみ先生は言う。 「因果関係がようやく分かってくるのが6年生くらい。6年生はまだ思考ではなく、感情を豊かにする時期です。なので、物理の授業も自然、生活の中にある不思議さ、感動を体験します」 生徒のエポックノートを見せてもらった。最初のページにはドイツの詩人、作家、自然科学者でもあるヨハン・ゲーテの詩が書かれている。 神と世界(『自然と象徴-自然科学論集』冨山房百科文庫) 広い世界 果てしない人生 幾歳もかけて誠実に励みながら たゆまなく手探りし たゆまなく求めるとき 閉じることなく 次から次につくられる環 古いものを大切に守り 新しいものを心から迎えたまえ 明るい心 清らかな目的をもちたまえ さあ わずかなりとも進みゆくのだ 淡い色彩にあふれ、物理というより芸術のノートのようだ。1枚繰ると、その後は全てのページが実験の方法を示す細密な絵とともに、観察結果、発見したことで満たされていた。例えば光学。「光と闇と色」の授業では、暗室の中でトレーシングペーパーをライトの前に置き、透けて見える光の色を観察した。結果は、ペーパーの枚数が少ないときは黄色っぽく見えていた光が、枚数が増えるにつれ、だいだい色から赤色に変わっていった。ノートの「発見や感想」の項にはこう書いてある。 「光と闇の間に色があらわれることが分かった。夕焼けや朝焼け、空や海の青色も光と闇の間に生まれるのだろうか」 シュタイナー学校で用いられるゲーテの色彩論によると、光に満ちた空間を通して闇をのぞくと青く見え、逆に闇を通して光を見ると赤く見えるという。ペーパーの枚数を重ねることで闇が深まり、赤みが強まっていくという訳だ。プリズムを使う実験や光の波長・屈折による現象という説明は、6年生ではまだしない。実際に起こっている現象をあるがままに観察し、法則を自分の力で見いだしていくことを目指している。7年生以降は6年生の「ワンダー」に、実験結果を測定して数値で表すなど実証的に深めていく学びが加わっていく。 「あっさり終わると思っていたのですが」 卒業間近に授業が押せ押せとなっているひとみ先生にとっては、半分うれしく、半分焦らされる事態が起きた。生徒たちは9年生の3学期に行った、液体の表面張力の実験に夢中になった。10円玉の上にスポイトを使って水滴を乗せていく。何滴乗せられるか。スポイトから落とされた滴は次々に結合し、10円玉の上はぷっくりとドーム状に膨らんだ。俊は「まるで透明でつるつるのおはじきを乗せているみたい」と思った。これに続く、コップいっぱいに水を張った表面張力の強さの実験では、水より重く沈むと思っていた金属のクリップが水の上に浮かび、泳いだ。ひとみ先生は「アメンボみたいでかわいい」。生徒だけではなく、ひとみ先生も夢中になってしまった。 センス・オブ・ワンダー。生徒たちは、実験ざんまいの物理の授業で、自然の神秘さや不思議さに目をみはる感性を身に付けた。 ■時代の要請 物理の授業は7年生でてこや滑車、8年生で電磁気学などへと続くが、今回取り上げたコンピューターは自然の神秘からはほど遠い。表面張力のように目に見えたり、実験で強さを確かめられるものではない。解体してみても半導体チップと配線だらけで、何がどう作用しているのか分からないブラックボックスだ。 コンピューターは1930~40年代、ドイツのコンラート・ツーゼにより電気で動く世界で初めての計算機が作成され、その後、商用化・普及した。シュタイナーが生きていた時代(1861~1925年)に、コンピューターはない。だからコンピューター教育について、シュタイナーの示唆はない。 それから100年近くがたつ。経済産業省が2016年にまとめた「IT(情報技術)人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、国内では15年時点でIT人材が17万人不足。19年には、IT産業への入職者が退職者を下回る逆転現象が発生し、30年には人材不足が約59万人にまで増える見通しだ。キャシー・デビットソン米ニューヨーク市立大学大学院センター教授は、人工知能(AI)の進化など第4次産業革命で、子どもたちの65%は将来、今は存在しない職業に就くと予測する。 人材不足に危機感を持つ政府・産業界からの要請を受ける形で、文部科学省は20年度からの小学校段階でのプログラミング必修化を打ち出した。新指導要領では、中学でも計測・制御などプログラミングに関する内容を倍増させるほか、このほど公表された22年度からの高校の指導要領改定案でも全ての生徒がプログラミングなどの基礎について学ぶことになった。

第11話 世界がもし100人の村だったら=特別授業

「今からランダムに配られる、運命の〝なりきりカード〟をもらってください。で、一斉にその国の人に成り切ってください。おぎゃーという感じで。いいかな」 著者に配られたカードにはこう書いてあった。名前はドリル。大人でアジアに住み、ペルシャ語を話す。あいさつは「サラーム(こんにちは)」。そして最後に□のマーク。 3月上旬、横浜シュタイナー学園十日市場校舎の大教室。輪になった7、8年生と教員、保護者ら33人に、トレーニングウエア姿の韓朱仙(ハン・チュソン)先生が呼びかける。韓先生の特別授業「世界がもし100人の村だったら」が始まった。 ■世界を一望 「世界がもし…」は、「9.11」、2001年の米同時多発テロ事件後、作者不明のままインターネットで拡散した英語の詩だ。各国語に翻訳され、日本ではNPO法人・開発教育協会が、世界約76億の人口を100人くらいの村に縮小して考えてみる、国際理解のためのワークショップ用教材を開発した。学園で普段5年生以上の体育を教える韓先生は、同協会の理事を務めていたことがあり、教材を改良し、8年生の世界地理のまとめとして授業を受け持っている。8年生12人だけでは多様性に欠けるため、7年生と教員、保護者らも加わった。 韓先生の100人村のワークショップは、16年8月に学園で開催された第2回ユネスコスクール神奈川県大会でも行われ、これをきっかけに同じユネスコスクール仲間の多摩市立第一小学校(東京都多摩市)の5年生、ユネスコ・アジア文化センター主催のSDGs(持続可能な開発目標)こどもワークショップなどでも行われた。 韓先生の授業に戻ろう。 「この村にはどれくらい大人がいて、お年寄りがいて、子どもがいるか調べてみたいと思います。実際に動いて確認してみましょう。子どもは小っちゃくなって、大人は真っすぐ伸びて、お年寄りは中腰かな」 配られたカードの情報を元に3カ所に集まると、一番多いのは大人で、全体の6割を占めた。 「ってことは、大人が変われば、この世界は変わるかな。大人から変えていかなきゃね。日本ではもっとお年寄りが多いイメージがあるよね。平均寿命は80歳を超えてる。でも、シエラレオネなどアフリカの国では平均寿命が40歳代の国がまだまだあります。私くらいの人がその国の天に召されていく年齢ということ。ちょっと想像できないくらい寿命に差があります。平均年齢というのもあって、カンボジアの平均年齢って分かる?20歳代だって。悲しい昔の内戦のせいです。じゃあ、日本はなぜ寿命が長いんだろう?」 授業はこんな具合に、なりきりカードに沿って、各大陸の人口、言語別使用人口へと進む。例えば世界が今回のワークと同じ33人だとすると、世界人口の0.5%にも満たないオセアニアの人口はゼロに近くなる。実感が伴わない億単位の数字を見える化し、体感することで、世界の様子を一望できる仕組みだ。 「仲間探し」のワークでは、自分が使う言語のあいさつを口々に発しながら、教室中を歩き回り、同じ言語を使う人を見付ける。世界には3000以上の言語があるとされ、33人中13人が仲間を見付けられなかった。「こんにちは」も「アンニョンハセヨ(韓国語)」も「ジャンボ(スワヒリ語)」も1人だけ。韓先生が尋ねた。 「多様な言葉がこの村にはあるけど、仲間を探せなかった人はどうする?」 生徒たちは「孤独に感じる」「言葉が通じないから不安」 ■貧富の差を体験 最後のワークは、著者の場合□マークだった謎のグループ分けだ。他の人のカードには、■◇☆○のマークが書かれている。 「どういう共通点で集まっているか考えてみてください。宗教かもしれない。突拍子のないことを考えてもらっても面白い」 「国旗に☆がある」「地域の名前が『あ』から始まる」などの意見が出されたが、外れである。 「種明かしです。貧富の差で5グループに分けました。お金持ちの人、貧しい人です。私は今日30枚のおせんべいを用意しました。皆に均等に大体1枚ずつ配れる数なんですけど、このグループの現状に合わせて配りたいと思います」 結果は、最も富裕なグループから■7人が23枚、◇6人が4枚、☆6人が1.5枚、○7人が1枚、□7人が0.5枚。4グループは1人1枚も得られなかったのに対し、富裕層グループは1人3枚配ってもまだ余る状況だ。

第12話 春に向かう=卒業プロジェクト

卒業を直前に控えた3月初旬。横浜シュタイナー学園9年生の神田ひとみクラスは2日間にわたり、生徒それぞれが1年間研究してきた内容の発表に臨んだ。卒業プロジェクトだ。仲のいいひとみクラスはこれまで、何にでもクラス全員で取り組んできた。しかし、今回は全員で作り上げた8年生劇とは違う。テーマは、戦争、民族問題から宇宙、芸術までさまざま。進め方も一様ではない。一人ひとりの力が試される、ほぼ初めての体験だ。調べ学習のクラス内での発表とも異なり、在校生や教員、保護者ら約130人が発表を聞き、成長の瞬間に立ち会う。ひとみ先生はそれを「春に向かうための境域越え(イニシエーション)」と言う。5人の発表の様子をオムニバスで紹介しよう。 ■エラー・エラー・エラー… 「いろんな種類の動力がある中で、これなら作れそうかなというものを作ってみました。実際は動かなかったんですけど…。中心の棒が少し曲がっていたりとか、重りが軽かったのかなと思います。失敗でした」 祐樹のテーマは「カラクリ」。父親の太郎さんの影響で、小さい頃からものづくりが好きな祐樹は、カラクリの歴史を調べ、実際に時計を制作してみた。失敗したのは、重りが落下するときの位置エネルギーを使った部品の一部。柱時計など日本の和時計に利用されている仕組みだ。 「これの前にも作っていたものがあって、紙の時計キットです。頑張ったんですけど、骨組みが少しでもずれると、歯車が柱にぶつかってなかなかうまく動かなくて…。動きませんでした。中が混み合ってるんですよね」 紙で苦労した祐樹は、木で歯車をつくってみた。 「しかし、法則とか調べずに適当につくったので、一応動くんですけど、止まっちゃうんですよね」 小さな学校である。祐樹のユーモアを知っている保護者は多い。約130人の聴衆を前に一人で30分近く話すことは、生徒たちにはプレッシャーだが、聴衆は発表を盛り上げる「応援団」でもある。完成度やできの善しあしは関係ない。とは言うものの、祐樹の失敗もここまで続くと、応援団も次の結果、失敗を予感する。予感が裏目に出ることを願いながら祐樹の次の制作物を待つことになる。歯車をスムーズに動かすため、棒に巻き付けた紐がらせん状に解ける時の曲線を利用したインボリュート歯車も失敗に終わった。祐樹の試行錯誤は続く。 時計には進む速さが異なる秒針、分針、時針がある。それぞれをどう動かすか。インターネットを使って調べることは禁じられている。図書館で借りた本から遊星歯車を見付けた。大小複数の歯車を組み合わせて、回転を減速、加速させる装置だ。歯車は木の板から円を切り出した。それぞれの針の速度を歯車の歯の数に変換して計算。糸鋸で歯を作り、歯車同士の噛み合わせが滑らかになるようにやすりで削った。それを約20個組み合わせ、時計を制作した。動力は振り子と連動させた重りだ。 「完成品がこれ。振り子が一番難しくて、なかなか動きづらかったんですが。すぐ止まってしまうんですけど、構造的には時針まで動くようになっています」 カラクリ時計に祐樹が重りを付けた。教室全体が緊張する。1、2、3、4、5。振り子が揺れ、それぞれの針が動いた。学園十日市場校舎の時を、祐樹の作ったカラクリ時計が確かに刻んだ。教室に拍手と喝采があふれた。発表本番、最後の最後での成功と、失敗を重ねても最後までやり通した祐樹への称賛だった。 「手仕事の力だね」 著者のそばにいた保護者がつぶやいた。一般の学校では家庭科に相当する科目だ。1年生から始まる毛糸の指編みは、棒針やかぎ針を使った編み物、刺しゅう、裁縫へと進む。制作物はどれも丈夫な実用品ばかりだ。卒業制作では全員がワイシャツを作りあげた。手仕事は、失敗したらほどいてやり直すことを繰り返しながら、最後までやり遂げる根気を養う。9年間、このクラスの手仕事を受け持った栁本瑞枝先生は、楽しそうに言う。 「1回説明して、やり方を見せると、『はい』と言って、言われた通りではなく、自分のやり方でトライする祐樹。その探究心と失敗してもめげない不屈の精神はさぞやこの後、大きなものを見いだしてくれるだろう、本当に宝物だ、と思います」

自由への曳航=あとがきに代えて

2月中旬、9年生神田ひとみクラスの最後の保護者会が開かれた。9年生に古典と美術を教え、オブザーバーとして同席していた8年生担任の長井麻美先生が、冗談めかして言った。 「9年生の生徒たちは担任に似てしまって、とても丁寧です」 丁寧だから、ちょっと時間がかかる。卒業プロジェクトの準備は、お尻に火が付いていた。卒業制作のワイシャツはぎりぎりで仕上げた。美術の授業で最後の作品となる版画のカレンダーの完成は、卒業後に持ち越された。しかし、仕上がりはどれも堅実で美しい。 前著で取材した、ひとみクラスはまだ4年生だった。ひとみ先生は、一人ひとりのために文字の練習帳を用意していた。縦書きで左の行に先生が書いたお手本、すぐ右隣の行は余白。先生の字をまねて練習できるようにするためだ。コピーは使わない。全て自筆。それが全員分。子どもたちのエポックノートを見せてもらうと、どれもひとみ先生そっくりの字が並んでいた。別の機会にひとみ先生にインタビューすると「葉っぱの上の朝露を、『きれい』と目を輝かせるんですよ。そんな子たち、いると思いますか」と、先生自身が目を輝かせながら、ずっと子どもたちの自慢をしていた。レコーダーの録音時間は3時間を超えていた。クラス替えも担任の交代もない横浜シュタイナー学園の9年間。教師が生徒に与える影響は極めて大きい。 あれから5年。ひとみ先生は相変わらず「美野里はね…」「麿令はね…」と、生徒たちのことを愛おしそうに話してくれた。しかし、15歳。潮の満ち引きで淡水と海水が入り交じる河口の汽水域のように、子どもの顔と大人の顔が混在している。葉の上の朝露を「きれい」と、口にすることはもうないかもしれない。今回、彼らのエポックノートを見ると、丁寧さはそのまま、当時とは違う字が並んでいた。形も大きさも濃さもばらばらだった。 シュタイナー教育は「自由への教育」と言われる。R.シュタイナーは、真に自由な人間は自分の欲望や利益を超え、本当に大切なこと、自分のなすべきことを選択し、実行していける人間だと考えた。ひとみクラスの14人は、体当たりの愛情をぶつけてきたひとみ先生を模倣し、大人の尺度に基づいて行動することに安心感を抱いてきた。それが、高等部の年齢に入り、与えられた価値観を打ち破って自分自身の在り方、考え方を模索し始めている。卒業プロジェクトで見せた立ち姿は、一人ひとりの存在の輪郭が、くっきりし始めているように見えた。 3年生保護者の由美子さんは「ひとみクラスは憧れのクラスです」という。 「学期末の学習発表会では、絶対目を離さないぞ、と見てきました。自分の子どもではないのに思い入れたっぷりに見てしまいます。自分の子を、9年生のように素敵になった姿に、勝手に重ね合わせて、幸せな気分になります」 そんな9年生がこの春、学園を卒業した。ひとみ先生から卒業証書を授与された後、生徒一人ひとりがあいさつした。 津々子「楽しかったことは何かと聞かれると、奈良旅行とか農業実習とかはもちろんだけど、毎日、先生やクラスメートと触れ合った一つ一つが貴重で楽しかったです」 有里「毎日の一つ一つがとても楽しくて私はこの学校に通うのが好きでした」 遙香「9年生になってからも暴れたり、最後の最後にひとみ先生と大げんかしたり…」 遙香が声を詰まらせると、後はせき止められていた皆の感情が流れ出した。生徒も教師も保護者も、よく笑い、よく泣いた、ひとみクラスらしい卒業式となった。 「9年間は、長かった印象はありません。1日1日が充実していて、毎日に意味があった。充実した日々の積み重ねでした」と、ひとみ先生は振り返る。 「9年間続けていくのは、精神的にしんどくなる時があります。でも、それを上回る喜びがあるからやっていける。1、2年間だけの担任だと、その時のあり様が自分にとってのその子の全てですが、続けて子どもたちの成長を見られるので、その時だけの様子で判断しない、レッテルを貼らずに済む。 生徒たちは、私に反発ばかりしていた時期もありました。だけど、高学年になると、お互い理解し合える。教師自身、関係を築くためには、相手が小さな子どもでも、ティーンエージャーでも自分の在り方を戒めなければならない。特に高学年は人間関係をこしらえていく時期でした」 9年間の歳月は、教師と生徒という関係だけでは済まない。立場を超えた人間と人間の関係を取り結ばなければならない。それは生徒同士も同じだ。ひとみ先生は「この14人がとても恵まれていると思うのは、人間関係を密にする体験をできたことです」と実感している。 ひとみクラスは仲がいい。だが、リーダー不在のクラスだった。もともと学級委員という存在はいない。野球では伸紀が、合唱では渚子が、劇では遙香が…という具合に、その場その場でリーダーが変わっていった。生徒それぞれが自分を知り、クラスメートを知り、信頼関係があるから生まれたクラスの在り方なのだろう。9年間かわらないクラスメートと担任。もちろん一長一短はある。が、彼らをみる限り、そうしたクラスの在り方を肯定せざるを得ない。自ら学ぶ力を身に付け、人間関係の取り結び方を学んだ、ひとみクラス14人はこれから、一人ひとりがセイルを上げ、大海に乗り出して行く。風のつかみ方は知っている。 長井先生が担任する8年生「かたつむりクラス」は卒業式の後のお楽しみ会で、8年生劇の時に歌った、坂本九の合唱曲「心の瞳」を披露した。自然と肩を組んで楽しげに歌う9年生にはまだまだ及ばないが、リズムに合わせ遠慮がちに体を左右に揺らしていた。ほかにも男子がコント、女子は手品に挑戦。場を盛り上げていた。これから、学園を引っ張っていく、かたつむりクラスが少しずつ変化し始めている。4月には新1年生14人が入学した。別れと出会いの春だ。 横浜シュタイナー学園という曳航船に同乗した1年間の航海は終わった。普段は保護者でも見ることができない、子どもたちの成長の瞬間に立ち会うことができた。その瞬間、瞬間をスナップ写真のように切り取ることで、学園の今を伝えてきたつもりだ。「ライブにはかなわない」と、何度もめげながら。不完全だけれども、書き終えてよかった、と安堵している。学園の1年間の記録が多様な教育に対する理解の一助になればと思う。 今回も、あまりに多くの人たちにお世話になった。草稿の段階で原稿を読み、駄目を出してくれた妻。原稿を精査してミスを幾つも見付けてくれた広報の皆さん。ありがとうございました。 書き終えてみて実は、前著同様、今回も自分の著作という感じがあまりしていない。著者というより、アンカーライターの役割を務めたという感覚だ。授業の様子や、取材に快く応じてくれた先生方や生徒たち、卒業生、保護者の皆さんの言葉を、著者は最後にまとめたに過ぎない。そういう意味では、この連載の著者は学園の皆さんなのかもしれない。 連載は、学園広報の池田勝さんと中島美穂さんの企画から始まった。企画立案者として、取材・執筆の機会を与えてくれた。中島さんはその後も編集者として、WEBデザイナーとして、カメラマンとして、時にタフネゴシエーターとして、著者と一心同体となり、全面的に支えていただいた。特に記して感謝する。 言うまでもなく、連載をお読みいただいた読者の皆さんには、誰にも増して深い感謝の念を捧げなければならない。本当にありがとうございました。 2018年4月  ライター・田幡秀之

前作「ルポ シュタイナー学校の1年」(発行:時事通信社)は、学園を通じてお求めいただけます。

https://yokohama-steiner.jp/books/#rupo

※第1回から第4回まではPDFで内容をご覧いただけます。