続・ルポ「シュタイナー学校の1年」の連載に至った背景

学校・教育行政関係者から厚い信頼を置かれている教育誌『内外教育』に、2012年4月から2013年3月まで横浜シュタイナー学園の教育が1年間の連載記事として取り上げられました。そのルポルタージュ「シュタイナー学校の1年」は、2013年7月に冊子となって刊行。学園の教育の実際がよくまとめられた内容が学園内外の読者から好評で、現在も手に取られ続けています。

しかし、出版から間もなく4年。その間には創立から10年の節目も迎え、四期生までが卒業していきました。横浜シュタイナー学園の“今”と、学園を巣立って行った子どもたちの姿も伝えたいと思い、前作の著者である田幡秀之さんに続編の執筆を依頼しました。
前作のスタイルを踏襲し、「客観的な視点で描いて欲しい」というのが広報の会から田幡さんへの要望です。『はじめに』にもあるように、田幡さんにはあくまで、一ライターとして取材・執筆いただき、私たちはそのルポを発表する場として学園サイトを提供する、という形を徹底して連載を進めます。 『はじめに』の中の「一ライターとして取材・執筆する」「ルポである以上、事実に即して書くつもりだ」という言葉と、その後第一回の原稿を受け取った時に、前作に継ぐ良作、もしかしたらそれ以上の作品になるかもしれないという期待が高まりました。

学園サイトでの連載は、2017年4月から1年間の予定で、連載終了後は冊子にして出版します。

このルポ続編によって、横浜シュタイナー学園とシュタイナー教育がより広く深く理解されることを願っています。

※最新の3話のみ公開します。
※第1話〜第4話までは約2週間おきの更新。以降は約1か月おきの更新予定です。
※著作権は筆者に帰属します。著作権者の事前の承諾なく、本記事の全部もしくは一部(写真を含む)を、他のウェブサイトや印刷媒体に転載したりすることはできません。

(横浜シュタイナー学園 広報の会)

はじめに

2016年10月に横浜シュタイナー学園卒業生の謙から連絡をもらった。記者という仕事に興味がある、進路相談に乗ってもらいたいという。『ルポ シュタイナー学校の1年』(時事通信社刊)という記事の連載で謙を取材したことがある。謙のクラスで「記者の仕事とは」と題して“授業”をさせてもらったこともある。 当時7年生(中学1年)だった謙は今、高校3年生。将来就きたい職業を目の前の問題として考え始めている。謙に会った。生真面目な少年はそのまま、世界に目を広げた好青年に成長していた。学園は今どうなっているのだろうか、シュタイナー教育を受けた子どもたちはどのように成長しているのか、と考えるようになった。 学園保護者の中島美穂さんからメールをいただいたのは、そんな矢先だった。 「学園広報の会ミーティングで、ぜひともあの続編をつくっていただきたいと話し合いました」 『ルポ…』は12年4月から13年3月までの1年間、通信社の記者として学園を取材し、教育誌に連載したものを、ブックレットとしてまとめた。充実した、楽しい1年だった。あれから4年が経つ。 学園からの依頼は記者冥利(みょうり)に尽きる。取材や書籍化の際の費用はクラウド・ファンディングで調達するという試みも面白いと思った。 今回は通信社の記者としてではなく、一ライターとして取材・執筆する。記事の発表場所は学園のホームページを提供していただくことになった。続編である以上、ルポルタージュの形式にこだわりたい。ルポである以上、事実に即して書くつもりだ。記者の職業倫理として譲れない一線である。その点は学園サイドにも了解してもらった。 インターネットの検索エンジンを使えば、あっという間にいろんなことを調べられる。人間の記憶のあり方が問い直されている。人工知能(AI)の発達により10年後には今ある職業の半分が消滅するという。 社会が大きく変貌する中、未来を担う子どもたちを育てる教育はどうあるべきなのか。日本の教育界では「アクティブ・ラーニング」という耳慣れない言葉が闊歩(かっぽ)し始めている。議論や発表を通じて主体的に学ぶ探求型学習だ。新学習指導要領に基づき、20年度から順次導入される。だが、それは既にシュタイナー学校で行われており、シュタイナー教育の十八番(おはこ)であることを4年前の取材で実感した。大阪府立大学の吉田敦彦副学長は「シュタイナー教育は公教育の水先案内役になり得る」と語った。 水先案内役。辞書にはこうある。 「多数の船舶が行き交う港や海峡、内海において、それらの環境に精通することが困難な外航船や内航船の船長を補助し、船舶を安全かつ効率的に導く専門家」 教育の水先案内役、パイロットに同行し、その取り組みを紹介できることは教育問題を取材してきた記者にとって望外の喜びである。横浜シュタイナー学園に再び乗船し、1年間の航海を始める。『続ルポ シュタイナー学校の1年』の船出だ。 著者・田幡秀之 ※連載中、一部は仮名です。 田幡秀之 時事通信社記者 1991年時事通信社入社。高知支局、経済部、内外教育編集部などを経て2016年4月から金融市場部。著書に『ルポ シュタイナー学校の1年〜学びを選ぶ 学びをつくる〜』、共著に『あなたの隣の外国人?虹はかかるか?』(いずれも時事通信オンデマンドブックレット)

第2話 勉強が面白い=卒業生を訪ねる(上)

2017年3月、横浜シュタイナー学園から4期生5人が卒業した。学園の1期生の中には既に大学2年生になっている卒業生もいる。以前取材した時から4年が経つ。学園を巣立った子どもたちはその後、どんな道を歩んでいるのだろうか。春休みを使って卒業生を訪ねた。まずは、シュタイナー教育以外の世界に触れた3人だ。 ◼︎子と母の葛藤 小中一貫9年制の横浜シュタイナー学園を15年に卒業した2期生の謙は現在、相模原市にある学校法人、シュタイナー学園高等部の12年生(高校3年生)だ。この続編執筆のきっかけを与えてくれた生徒だ。その謙が昨年11月の終わり頃、母親の範子さんに「冬期講習から予備校に通いたい」と切り出した。 「何を言ってるの。シュタイナー学校に通っているのに、どうして予備校なの」 範子さんは強い思いを持って、シュタイナー学校を選んだ。謙の通学時間は往復で3時間。12年生は卒業論文発表、身体芸術であるオイリュトミー公演、12年生劇と大きなイベントが続く。受験勉強の時間を捻出するのは至難だ。謙が大学に行きたいのなら、浪人は覚悟していた。高校生活を全力疾走し、満喫してほしかった。それなのに受験対策の予備校。受験対策は将来のために貴重な今を犠牲にする。シュタイナー学校に通っている子は勉強でも何でも、自分で道を切り開いていくものと期待していた。ショックだった。期待通りにならなかった、希望が覆されたと思った。お互いの気持ちをぶつけ合う、涙ながらの激しい親子げんかとなった。 謙は将来、新聞記者か国語の教師になりたいと思っている。いずれも大学にいく必要がある。高等部で敬愛していた国語の先生が病気で亡くなった。参考書を使って勉強していたが、限界を感じた。「もっと深く国語を勉強したい、誰かに教えてもらいたい」と思うようになった。予備校で志望校を告げると、「今すぐ受験対策を始めた方がいい」と勧められた。シュタイナー学校は総じて受験指導をしない。一方、予備校は、志望校に合格するため現実にやるべきことを目に見える形で示してくれた。 11年生の6月に航海実習があった。世界史で大航海時代を学んだ後、3日間をかけて帆船で駿河湾を一周した。球面幾何学の学習の総仕上げでもある。チームを組み、その日の天候や海図をにらみながら、航路を自分たちで決める。少しでも狂うと、目的地にはたどり着けない。範子さんはこう考えるようになった。 「実習から帰ってきた頃から、謙は世の中に出て行こうとする力が育っていたような気がします。謙は将来の夢、そのための大学、と先をよく考えていました。受験テクニックを身に付けないと、この子がやりたいことには届かない、と現実を知りました。頭が吸収したがっている、知的に伸びたいと思っている謙を、シュタイナー教育ではなくてもいいから満たしてあげたい」 ◼︎勉強する癖 謙は予備校に通い始めてすぐ、英語の模擬試験を受けた。謙はこう予備校の先生に叱責された。 「たまたま正解を選んだだけだ。このままの勉強方法ではだめだ。いつかつまずく。もう1回、高校1年生の英文法から固め直せ」 謙は長文読解やリスニングで高得点を取る。一方で、文法問題は苦手だ。長文読解やリスニングの点数が低い、他の高校生とは逆だった。それが予備校の先生には理解できない。「文法が分からないのに、長文読解ができるはずがない」と。シュタイナー教育で行われる英語の授業は、日本語を介さないダイレクト・メソッドが中心。耳から英語になじんでいく。細かい文法よりも、長文の大意をつかむことを重視する。 「あそこまで人に強く否定されたのは初めてかもしれません」と言いながら、謙は全くめげていない。志望校に合格するためには英文法の勉強も必要だからだ。ほぼ毎日、午後10時まで予備校で勉強している。否定されても、面白いことを言われたかのように、いたずらっぽくこう続けた。 「僕は口ではいつも、やばい、やばいと言っているタイプですが、実際には何とかなる、やればできんじゃね、と思っています」 「何とかなる」。横浜シュタイナー学園2期生の生徒たちがよく口にする言葉だ。保護者たちが「その自信はどこから来るのか」と頭をひねる自己肯定感の高さ。 「神田先生の気質じゃないですか。あの人、自信あるから」 神田先生とは、横浜シュタイナー学園で2期生の謙たちを9年間担任した神田昌実先生だ。謙たちを卒業させた後は1年生の振り出しに戻り、今は2周目の3年生を教えている。神田先生は謙たちを「私の自慢の子どもたち」と言い続けてきた。 「シュタイナー学校に通ったから、将来やりたいことを今、見つけられたんだと思います。とにかく神田先生の授業はめちゃめちゃ面白かったですね。神田先生は教えないんですよ。さあ、考えてみようと。僕は数学はできないけど、好きでした。日本史は、あの人、ちょっと雑だったけど。先生には勉強する癖、考える癖をつけてもらいました」 謙は「勉強が趣味」と言ってはばからない。受験勉強は楽しい。知るのが楽しい。でも、高等部の卒業論文もしっかりやりたいと思っている。横浜シュタイナー学園9年生の時に経験した卒業プロジェクトの快感が忘れられないという。高等部の同級生らとウエブサイトを立ち上げ、そこに記事も書き始めた。範子さんは今、夜遅く帰る謙のために毎日おにぎりを作っている。

第3話 世界とつながる=卒業生を訪ねる(中)

小中一貫の横浜シュタイナー学園では、高校から海外に目を向ける卒業生が多いのも特徴の一つだ。2014年卒業の1期生2人、16年卒業の3期生2人が高校3年間の学びの場を海外に求めた。4期約40人の卒業生のうち4人。日本の高校に通いながら数カ月の短期海外留学をする生徒も多い。英語専科の浜本マヤ先生は「異文化への共感を育む外国語学習を目的にしているシュタイナー学校らしいですね」。若者の「内向き志向」と言われる中、海外の何が彼らを引き付けるのか。どんな環境が影響し、彼らを海外に向かわせるのか。そして何を得るのか。 ◼︎英語が好き 3期生の実央は現在、ニュージーランドの首都ウェリントンから空路で1時間、北島の東岸ヘイスティングスにあるタイクラ・ルドルフ・シュタイナースクールに通っている。 母親ののぞみさんによると、実央は学園に通っている頃から英語が好きで、ずっと外国に行きたいと思っていた。高校進学に際しては、シュタイナー学校の高等部に加え、留学プログラムが充実していたり、英語に力を入れている私立高校も見学した。ある私立高校の学園祭で英語劇を見た。 「えっ。うちの学校の方がすごい」 ストーリーは陳腐だった。劇中音楽はCDを使っていた。場違いな着ぐるみも出てきた。学園では8年生でクラス劇、9年生で英語劇を行う。クラス劇ではこれまで、シェークスピアの「テンペスト」やブレヒトの「ガリレオ」などが演じられた。大道具・小道具の作成はもとより、劇中音楽も自分たちで作曲・演奏する。実央は同じ中学生の先輩たちによる「シャーロック・ホームズ」「オズの魔法使い」といった英語劇も見ている。それより年上の高校生の劇を見て、実央は「違う」と感じた。 実央はそこから、海外のシュタイナー学校に目を向け始めた。8年生の夏にウェリントンのシュタイナー学校に2週間ホームステイして通い、「やっていける」と思った。 「親としては、一人娘なので留学は大学からでもいいのでは、と思っていたのですが、実央はとにかく行きたいという熱だけで行ってしまいました。当時、テロも心配でしたが、『何かあったらドンマイってことで。それでも行きたい』と。英語が好きというのが大きかったのだと思います。留学生活も1年経ち、2つの国の違い、良さを感じているようです。最近、幸せをテーマに発表した5分間スピーチの内容を聞くと、彼女自身の幸せへの尺度が広がった気がします」 高校生から熱だけで単身、海外に行ってしまうほど英語が好き。浜本先生とともに学園で実央に英語を教えた内村真澄先生はこう話す。 「他言語の発音習得力はクリティカル・エイジ(学習限界年齢)12歳くらいまでに、閉ざされると考えられています。逆に12歳までならどんな言葉にもオープン。これは音声についてのみ言えるのではなく、その言語に流れる価値観とも呼応するのではないでしょうか。シュタイナー教育では、母国語への偏りをなくすため、この閉じようとするキャパシティをできるだけオープンなまま保とうとします。学園では英語と、全く質の違う中国語を1年生から教えています。それが、価値観を広げ、偏見をなくすことにつながり、知らないところにも躊躇なく飛び込めるようになる。そういう意味では学園の教育は留学に対するハードルを下げているのかもしれませんね。最近は先輩たちを見てか、4年生が、僕は豪州、私はNZに行くと言っています」 ◼︎英語が苦手 実央のクラスメートだった櫂理も、同じNZのタイクラに留学しているが、実央とはちょっと事情が違う。英語は好きなのだが、苦手意識を持っていた。 櫂理は思春期にさしかかる5年生頃から自分に自信を持てなくなった。「どうせやってもできない」と言うことが多くなった。自分で勝手に友達や姉と比べて自信を失くしていた。 櫂理たちのクラスは8年生劇でシェークスピアの「ヴェニスの商人」を演じた。櫂理の役はシャイロック。「借りた金を返さないなら、お前の肉を切り取る」と迫る悪役だ。悪役だが、主役の一人だ。台詞は長い。自信を失くしているところに、大役の重荷がのしかかった。 「ネガティブ思考で、悪いところにさらに悪いことが来ると、負の連鎖になって、なかなか立ち直れなかったですね。あの時は、本当に大変でした。学校では明るく振る舞うようにしていましたが、家では荒れていました」 櫂理は小さい子が好きだ。面倒見が良く人気もある。辛かった時は、学園の保護者らが自主運営する放課後の遊び場「ペレの家」に参加して、小さい子たちと一緒に遊ぶことで、いやされていた。

第4話 ルート・ファインディング=卒業生を訪ねる(下)

「とりあえず大学に行く、という選択肢はありません」。大学への入学定員総数が入学希望者総数を上回る大学全入時代。大学進学率は5割を超える。ブランド、4年間のモラトリアム、就職に有利な学歴とその後の安定…。今回訪ねた横浜シュタイナー学園の卒業生3人には、全く興味がない。 ◼︎自分が助ける 「高校の友達に、バレエを習っていると話すと、やっぱりねと言われます。授業の3分間スピーチで、東京消防庁のレスキュー隊について熱弁したら、意外すぎてびっくり、と驚かれました」 バレエで鍛えた身体。その優雅に踊る姿に憧れ、学園下級生の女の子たちが何人もバレエを習い始めた。繊細な水彩画は人の心を和ませる。そんな真奈美が思い定めた将来は、災害救助犬訓練士だ。被災地で救助犬とともに被災者を救出する仕事だ。春からはそのための専門学校に通う。 学園1期生の真奈美は都内の私立高校に進学。高校3年間の総合成績は5点満点中4.7点。オール5に近い。当然、高校の先生たちは大学進学を強く勧めた。推薦で相当なレベルの大学への進学も可能だった。真奈美は「大学でやりたいこともないのに、不登校になりそう」と、一切を断った。学園9年生の時には、バレエの先生に才能を認められ、ロシアへのバレエ留学を勧められたが、それも断った。それほど、真奈美のレスキューへの思いは強い。 小さい頃から消防など人命救助の仕事を「かっこいい」と思っていた。消防の出初め式には必ず出掛けた。6年生の3月11日に東日本大震災があった。よく読むレスキューの雑誌に救助犬の活躍が多く載っていた。動物は小さい頃から好きだ。自分の体力を考えると、レスキュー隊に入るのは難しいかもしれないが、救助犬訓練士としてなら、道があると思った。 高校の友人とこんな話をしたことがある。 友人「困っている人がいても、誰か助けてくれる人が必ずいるじゃん」 真奈美「でも、皆がそう思っていたら結局誰も助けない。そうしたら自分が助けるしかない」 高校2年の5月に、学校の体育館で火事があった。過熱した床置き照明器具がカーテンと接触し、火柱になった。集まっていた生徒たちは皆騒いでいるだけで、何もしなかった。「やはり自分が動くしかない」。傍観者にはなりたくない。それとともに、駆け付けた消防車が、真奈美に強い印象を残した。 「来ただけで安心感を与えるんですよ。すごい」 クラスメートはほとんどが大学に進学する。4校受けて不合格、5校目は合格したが、そこには行きたくないというクラスメートがいた。世間で言う滑り止めを知らない訳ではないが、理解に苦しむ。本当は専門学校に行きたかったのに、家族全員高学歴の中で自分だけ大学に行かないことは許されないという友人もいた。 ◼︎自由を勝ち取る 「ヒントはエポックノートにあると思うんです」 真奈美はこんな話をしてくれた。 「高校の体育祭では、各クラスがTシャツを作るのですが、ナイキやアディダスのロゴを少し変えるだけで何かの真似。いつもクラス内で著作権(意匠権)侵害という言葉が出てくる。高校の授業では、教科書があって、先生が黒板に書いたことを写すだけ。絵とかもないし、すごい殺風景。普通の学校ではそれを見て覚えるから真似になる。学園では自分でエポックノートを作って、それが教科書になっていました。同じ授業を受けているのに一人ひとり違うノートができます」 一般の学校は、国家や社会が要請する人材を育成することが求められる。そのため、子どもをどう社会に合わせるかに重点が置かれる。シュタイナー教育は「自由への教育」と言われる。自分で考え、自分なりの人生の使命をつかみ行動する、自由を持った大人になれるように育てる。「皆が大学に行くから、私も」と周りに左右されることのない真奈美は、既に自由を勝ち取っているのかもしれない。 真奈美は行きたくもない大学で4年間を過ごすのは「無駄な時間だ」という。 「大学はブランドだけが全てのような気がして。有名な大学に入っても実力は人それぞれ。就職には有利かもしれないけど、きっとその後が大変ですよ。それよりも実力を付けたい。中途半端は嫌。その間に徹底的にやりたいことを極めたいです」 真奈美は救助犬訓練士の国際資格取得を目指している。ただ、まだ18歳。一つのことに絞らず、まだまだ可能性を探ってもいい年齢だ。 「(シュタイナー教育独特の身体芸術である)オイリュトミーでは、周りの空気を感じながら動きます。人とぶつかってはいけない。目で見なくても誰がどこにいるか感じる。だから、後ろを見ずに下がっても大丈夫。シュタイナー学校の生徒はそういう感覚を身に付けるんです。目で見て確認しながらではなく、感覚で生きる。私にとって災害救助犬訓練士は、そういう感覚で選んだ道です。 華やかできれいなものが好きなので、結婚式場の仕事を知ったときはいいなと思いました。でも、その仕事に就きたいとは思わない。学園のフォルメンの授業で描いた8の字と一緒です。授業中、蜜ろうクレヨンでずっと同じところをなぞり続けるんです。遠回りや寄り道をすることもあるけど、大きく外れることはない。その線の上を歩き続ける。それが私の人生です」

前作「ルポ シュタイナー学校の1年」(発行:時事通信社)は、学園を通じてお求めいただけます。

https://yokohama-steiner.jp/books/#rupo

※第1回から第4回まではPDFで内容をご覧いただけます。