第10話 ブラックボックスを体験する=コンピューター

2018年03月15日

カチカチ、カチコチ。つながった24個の電子部品が音を立てる。部品と接続した操作板上の赤と緑のランプがついたり消えたりする。卒業を1カ月後に控えた2018年2月、横浜シュタイナー学園9年生の神田ひとみクラスは9日間のエポック授業で、「コンピューター」を作ってみた。

公教育でも20年度からプログラミングが必修化されることが決まり、その準備は急務となっている。これまで体験と想像力で学びに取り組んできたひとみクラスだが、コンピューターはそれだけでは動かない。論理的思考が問われる。そもそもシュタイナー学校は子どもたちがデジタル機器を使用することに、否定的だったのではないか。学園は最先端のテクノロジーにどう取り組もうとしているのか。

■センス・オブ・ワンダー

学園は9年生で行うコンピューターの学びを、6年生から始まる物理学の一環と位置付けている。まず、学園の物理の授業の流れを見てみよう。
「6年生の物理のテーマはワンダー(wonder=不思議に思う、驚嘆する)です」と、ひとみ先生は言う。
「因果関係がようやく分かってくるのが6年生くらい。6年生はまだ思考ではなく、感情を豊かにする時期です。なので、物理の授業も自然、生活の中にある不思議さ、感動を体験します」

生徒のエポックノートを見せてもらった。最初のページにはドイツの詩人、作家、自然科学者でもあるヨハン・ゲーテの詩が書かれている。

神と世界(『自然と象徴-自然科学論集』冨山房百科文庫)
広い世界 果てしない人生
幾歳もかけて誠実に励みながら
たゆまなく手探りし たゆまなく求めるとき
閉じることなく 次から次につくられる環
古いものを大切に守り
新しいものを心から迎えたまえ
明るい心 清らかな目的をもちたまえ
さあ わずかなりとも進みゆくのだ

淡い色彩にあふれ、物理というより芸術のノートのようだ。1枚繰ると、その後は全てのページが実験の方法を示す細密な絵とともに、観察結果、発見したことで満たされていた。例えば光学。「光と闇と色」の授業では、暗室の中でトレーシングペーパーをライトの前に置き、透けて見える光の色を観察した。結果は、ペーパーの枚数が少ないときは黄色っぽく見えていた光が、枚数が増えるにつれ、だいだい色から赤色に変わっていった。ノートの「発見や感想」の項にはこう書いてある。
「光と闇の間に色があらわれることが分かった。夕焼けや朝焼け、空や海の青色も光と闇の間に生まれるのだろうか」

シュタイナー学校で用いられるゲーテの色彩論によると、光に満ちた空間を通して闇をのぞくと青く見え、逆に闇を通して光を見ると赤く見えるという。ペーパーの枚数を重ねることで闇が深まり、赤みが強まっていくという訳だ。プリズムを使う実験や光の波長・屈折による現象という説明は、6年生ではまだしない。実際に起こっている現象をあるがままに観察し、法則を自分の力で見いだしていくことを目指している。7年生以降は6年生の「ワンダー」に、実験結果を測定して数値で表すなど実証的に深めていく学びが加わっていく。

「あっさり終わると思っていたのですが」

卒業間近に授業が押せ押せとなっているひとみ先生にとっては、半分うれしく、半分焦らされる事態が起きた。生徒たちは9年生の3学期に行った、液体の表面張力の実験に夢中になった。10円玉の上にスポイトを使って水滴を乗せていく。何滴乗せられるか。スポイトから落とされた滴は次々に結合し、10円玉の上はぷっくりとドーム状に膨らんだ。俊は「まるで透明でつるつるのおはじきを乗せているみたい」と思った。これに続く、コップいっぱいに水を張った表面張力の強さの実験では、水より重く沈むと思っていた金属のクリップが水の上に浮かび、泳いだ。ひとみ先生は「アメンボみたいでかわいい」。生徒だけではなく、ひとみ先生も夢中になってしまった。

センス・オブ・ワンダー。生徒たちは、実験ざんまいの物理の授業で、自然の神秘さや不思議さに目をみはる感性を身に付けた。

■時代の要請

物理の授業は7年生でてこや滑車、8年生で電磁気学などへと続くが、今回取り上げたコンピューターは自然の神秘からはほど遠い。表面張力のように目に見えたり、実験で強さを確かめられるものではない。解体してみても半導体チップと配線だらけで、何がどう作用しているのか分からないブラックボックスだ。

コンピューターは1930~40年代、ドイツのコンラート・ツーゼにより電気で動く世界で初めての計算機が作成され、その後、商用化・普及した。シュタイナーが生きていた時代(1861~1925年)に、コンピューターはない。だからコンピューター教育について、シュタイナーの示唆はない。

それから100年近くがたつ。経済産業省が2016年にまとめた「IT(情報技術)人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、国内では15年時点でIT人材が17万人不足。19年には、IT産業への入職者が退職者を下回る逆転現象が発生し、30年には人材不足が約59万人にまで増える見通しだ。キャシー・デビットソン米ニューヨーク市立大学大学院センター教授は、人工知能(AI)の進化など第4次産業革命で、子どもたちの65%は将来、今は存在しない職業に就くと予測する。

人材不足に危機感を持つ政府・産業界からの要請を受ける形で、文部科学省は20年度からの小学校段階でのプログラミング必修化を打ち出した。新指導要領では、中学でも計測・制御などプログラミングに関する内容を倍増させるほか、このほど公表された22年度からの高校の指導要領改定案でも全ての生徒がプログラミングなどの基礎について学ぶことになった。