第6話 浸す道徳=シュタイナー教育の根幹

2017年08月15日

国の学習指導要領改定に伴い、道徳が2018年度から小学校で、19年度から中学校で正式な教科となる。シュタイナー教育でも、創始者のR.シュタイナーは「教育者にとっての最高の課題は、自分に委ねられた若者の道徳的な生活態度を育てるために何をしてあげられるかだ」と説いている。しかし、横浜シュタイナー学園の時間割にはどこにも「道徳」の文字は、ない。取材の広報窓口を務めてくれている8年生担任の長井麻美先生に聞くと、「学園の道徳教育と掛けて空気と解く」。2年生担任の横山義宏先生は「数の学びは道徳です」。「空気」、「数の学びは道徳」。どういう意味だろう。6月末の梅雨の合間に、「数」に取り組む2年生のエポック授業を見学した。

■1対1の関係

学園の各教室には白木の角材を使った手作りの平均台が置かれている。登校した子どもたちは横山先生と握手を済ませ、平均台の上でバランスを取りながら、横山先生が放った毛糸のボールを受け取る。千弥子が先生の膝に乗って話し始めると、他の子どもたちも先生の周りに集まる。崇人は昨日けがしたことを伝えた。皆、先生に話を聞いてもらいたくて仕方がないという様子だ。颯真の1歳の妹凪咲ちゃんが母親の依子さんに抱っこされて現れると、子どもたちは凪咲ちゃんに駆け寄り、握手したり、ほっぺたを触ったり。毎朝繰り返される光景だ。

授業は詩を唱え、歌う、「リズムの時間」と言われる序盤が終わり、メーンテーマの「数」に入っても、体を動かす時間が続く。輪になって歩きながら、「7」の付く数を飛ばして110まで数える。
「今日は結構できたね。今日は安奈が気を配ってくれました。7の付く数の前に大きな声で6と言って、みんな次だよ、と教えてくれました」
安奈の顔がほころんだ。

シュタイナー学校の授業は反復練習が基本だ。歩きながら110まで数える練習は1年生の3学期から始めているが、2年生になって子どもたちが集中して学べていないのではないか、と横山先生は感じた。
「数はリズミカルなものなので、数のリズムの中に眠り込んでしまうことが起きてしまいます。目を覚ますために、ある数字を言わないことで、集中して学べます」

体を動かすだけではなく、耳も研ぎ澄ます。輪になったまま椅子に座って目をつぶり、横山先生が叩いた木琴の数を当てるゲームだ。10を超える大きな数になると、集中して聞いていないと、幾つ叩かれたかすぐ分からなくなる。

次に、横山先生は子どもたち一人ひとりに計算問題を出した。1年生の時に学んだ一桁の整数の足し算、引き算、指を使えばできる掛け算の練習のあと、6月上旬から始まった今回のエポック授業のメーンテーマである掛け算九九に答えていく。9の段は一昨日学んだばかり。7、8、9の段に進むと、考える時間が長くなり、答えも怪しくなってくる。

1対1の計算問題はこれで終わりではない。「4割る2は」「6割る2は」…。「颯真、3割る2は」「勇人、5割る3は」「優紀、6割る3は」…。

通常、公立学校では割り算は3年生の課題。横山クラスでも掛け算九九を一通り終えたばかり。低学年はゆっくり進むはずのシュタイナー教育にしては進度が速いのではないか。
「シュタイナー学校では四則計算全ての性質を1年生のうちに習います。まず全体を提示し、部分に入っていく。数の世界の全体像をつかむためです。20までの数の割り算なら手足の指、持ってきているクレヨンの個数を数えればできます」

ランダムに質問しているように見えるが、横山先生は細心の注意を払っている。
「3で割れる子はまだ一部です。数の授業は正解か、不正解か、計算の速い、遅いがはっきりしている。間違って笑われたら恥ずかしい。恥ずかしい思いをするようなことはやってはいけない。特に低学年では、できない子に差を感じさせ、劣等感を持たせてはいけない。それは鉄則です」

R.シュタイナーは道徳教育について「尊敬する先生のそばで、感情を働かせながら、子どもは何が善く、何が悪いのかを学ぶ。先生は世界秩序の代表者だ」と説いた。しかし、先生だからといって子どもたちは無条件に尊敬する訳ではない。

学園には手仕事という専門科目がある。簡単に言うと手芸だ。一般でいう家庭科に相当する。男女を問わず学園の子どもたちに最も人気の専科が、この手仕事だ。手仕事専科担当の一人、栁本瑞枝先生は言う。
「編み物の編み目を間違ったときに、間違ったところまで戻って、目の前で一人ひとり直してあげます。土台を整えてくれるのを目の当たりにすると、きちんとやり直せる、否定されないでできる、と安心するようです。先生、魔法使いみたいと言われることもあります」

世界秩序の代表者への尊敬は、1対1の関係の中で育まれる安心感から生まれるということを示す好例だ。
「だから、一斉授業の中で子どもたちと1対1の関係をいかに作るかが大事になります」と横山先生。
「その子のレベルを知り、今のレベルに合わせて、答えられる問題を出しています。子どもにとっては、先生は答えられる質問をしてくれるという安心した関係ができます。計算は反復練習でいずれできるようになるので、ストレスをかける必要はありません。
私のような人間が子どもたちに教えていていいのか、といつも思います。だけど、いつも子どもたちが教えてくれます。教えた内容が分からないと、つまらないという顔をしたりしてサインを送ってくれます。子どもの本質が光っているので、子どもの声に耳を澄ますことができれば、前に進んでいけます」