自由への曳航=あとがきに代えて

2018年05月15日

2月中旬、9年生神田ひとみクラスの最後の保護者会が開かれた。9年生に古典と美術を教え、オブザーバーとして同席していた8年生担任の長井麻美先生が、冗談めかして言った。
「9年生の生徒たちは担任に似てしまって、とても丁寧です」

丁寧だから、ちょっと時間がかかる。卒業プロジェクトの準備は、お尻に火が付いていた。卒業制作のワイシャツはぎりぎりで仕上げた。美術の授業で最後の作品となる版画のカレンダーの完成は、卒業後に持ち越された。しかし、仕上がりはどれも堅実で美しい。

前著で取材した、ひとみクラスはまだ4年生だった。ひとみ先生は、一人ひとりのために文字の練習帳を用意していた。縦書きで左の行に先生が書いたお手本、すぐ右隣の行は余白。先生の字をまねて練習できるようにするためだ。コピーは使わない。全て自筆。それが全員分。子どもたちのエポックノートを見せてもらうと、どれもひとみ先生そっくりの字が並んでいた。別の機会にひとみ先生にインタビューすると「葉っぱの上の朝露を、『きれい』と目を輝かせるんですよ。そんな子たち、いると思いますか」と、先生自身が目を輝かせながら、ずっと子どもたちの自慢をしていた。レコーダーの録音時間は3時間を超えていた。クラス替えも担任の交代もない横浜シュタイナー学園の9年間。教師が生徒に与える影響は極めて大きい。

あれから5年。ひとみ先生は相変わらず「美野里はね…」「麿令はね…」と、生徒たちのことを愛おしそうに話してくれた。しかし、15歳。潮の満ち引きで淡水と海水が入り交じる河口の汽水域のように、子どもの顔と大人の顔が混在している。葉の上の朝露を「きれい」と、口にすることはもうないかもしれない。今回、彼らのエポックノートを見ると、丁寧さはそのまま、当時とは違う字が並んでいた。形も大きさも濃さもばらばらだった。

シュタイナー教育は「自由への教育」と言われる。R.シュタイナーは、真に自由な人間は自分の欲望や利益を超え、本当に大切なこと、自分のなすべきことを選択し、実行していける人間だと考えた。ひとみクラスの14人は、体当たりの愛情をぶつけてきたひとみ先生を模倣し、大人の尺度に基づいて行動することに安心感を抱いてきた。それが、高等部の年齢に入り、与えられた価値観を打ち破って自分自身の在り方、考え方を模索し始めている。卒業プロジェクトで見せた立ち姿は、一人ひとりの存在の輪郭が、くっきりし始めているように見えた。

3年生保護者の由美子さんは「ひとみクラスは憧れのクラスです」という。
「学期末の学習発表会では、絶対目を離さないぞ、と見てきました。自分の子どもではないのに思い入れたっぷりに見てしまいます。自分の子を、9年生のように素敵になった姿に、勝手に重ね合わせて、幸せな気分になります」

そんな9年生がこの春、学園を卒業した。ひとみ先生から卒業証書を授与された後、生徒一人ひとりがあいさつした。

津々子「楽しかったことは何かと聞かれると、奈良旅行とか農業実習とかはもちろんだけど、毎日、先生やクラスメートと触れ合った一つ一つが貴重で楽しかったです」

有里「毎日の一つ一つがとても楽しくて私はこの学校に通うのが好きでした」

遙香「9年生になってからも暴れたり、最後の最後にひとみ先生と大げんかしたり…」

遙香が声を詰まらせると、後はせき止められていた皆の感情が流れ出した。生徒も教師も保護者も、よく笑い、よく泣いた、ひとみクラスらしい卒業式となった。

「9年間は、長かった印象はありません。1日1日が充実していて、毎日に意味があった。充実した日々の積み重ねでした」と、ひとみ先生は振り返る。
「9年間続けていくのは、精神的にしんどくなる時があります。でも、それを上回る喜びがあるからやっていける。1、2年間だけの担任だと、その時のあり様が自分にとってのその子の全てですが、続けて子どもたちの成長を見られるので、その時だけの様子で判断しない、レッテルを貼らずに済む。
生徒たちは、私に反発ばかりしていた時期もありました。だけど、高学年になると、お互い理解し合える。教師自身、関係を築くためには、相手が小さな子どもでも、ティーンエージャーでも自分の在り方を戒めなければならない。特に高学年は人間関係をこしらえていく時期でした」

9年間の歳月は、教師と生徒という関係だけでは済まない。立場を超えた人間と人間の関係を取り結ばなければならない。それは生徒同士も同じだ。ひとみ先生は「この14人がとても恵まれていると思うのは、人間関係を密にする体験をできたことです」と実感している。

ひとみクラスは仲がいい。だが、リーダー不在のクラスだった。もともと学級委員という存在はいない。野球では伸紀が、合唱では渚子が、劇では遙香が…という具合に、その場その場でリーダーが変わっていった。生徒それぞれが自分を知り、クラスメートを知り、信頼関係があるから生まれたクラスの在り方なのだろう。9年間かわらないクラスメートと担任。もちろん一長一短はある。が、彼らをみる限り、そうしたクラスの在り方を肯定せざるを得ない。自ら学ぶ力を身に付け、人間関係の取り結び方を学んだ、ひとみクラス14人はこれから、一人ひとりがセイルを上げ、大海に乗り出して行く。風のつかみ方は知っている。

長井先生が担任する8年生「かたつむりクラス」は卒業式の後のお楽しみ会で、8年生劇の時に歌った、坂本九の合唱曲「心の瞳」を披露した。自然と肩を組んで楽しげに歌う9年生にはまだまだ及ばないが、リズムに合わせ遠慮がちに体を左右に揺らしていた。ほかにも男子がコント、女子は手品に挑戦。場を盛り上げていた。これから、学園を引っ張っていく、かたつむりクラスが少しずつ変化し始めている。4月には新1年生14人が入学した。別れと出会いの春だ。

横浜シュタイナー学園という曳航船に同乗した1年間の航海は終わった。普段は保護者でも見ることができない、子どもたちの成長の瞬間に立ち会うことができた。その瞬間、瞬間をスナップ写真のように切り取ることで、学園の今を伝えてきたつもりだ。「ライブにはかなわない」と、何度もめげながら。不完全だけれども、書き終えてよかった、と安堵している。学園の1年間の記録が多様な教育に対する理解の一助になればと思う。

今回も、あまりに多くの人たちにお世話になった。草稿の段階で原稿を読み、駄目を出してくれた妻。原稿を精査してミスを幾つも見付けてくれた広報の皆さん。ありがとうございました。

書き終えてみて実は、前著同様、今回も自分の著作という感じがあまりしていない。著者というより、アンカーライターの役割を務めたという感覚だ。授業の様子や、取材に快く応じてくれた先生方や生徒たち、卒業生、保護者の皆さんの言葉を、著者は最後にまとめたに過ぎない。そういう意味では、この連載の著者は学園の皆さんなのかもしれない。

連載は、学園広報の池田勝さんと中島美穂さんの企画から始まった。企画立案者として、取材・執筆の機会を与えてくれた。中島さんはその後も編集者として、WEBデザイナーとして、カメラマンとして、時にタフネゴシエーターとして、著者と一心同体となり、全面的に支えていただいた。特に記して感謝する。

言うまでもなく、連載をお読みいただいた読者の皆さんには、誰にも増して深い感謝の念を捧げなければならない。本当にありがとうございました。

2018年4月  ライター・田幡秀之