第1話 8年生劇がクラスを変えた=4期生5人と教師の軌跡

2017年04月30日

第1次世界大戦で敗戦国となったドイツ。多額の賠償金を背負い国内は疲弊しきっていた。伝統的保守勢力と共産勢力が政権を虎視眈々と狙う中、一人の男が台頭を始めた。アドルフ・ヒトラー。欧州中心の戦後国際体制であるヴェルサイユ体制の破棄とユダヤ人の排斥を掲げ、ドイツ労働者党(後に国家社会主義ドイツ労働者党)、ナチスを率いた。
先生「1928年に12議席だったナチスは、30年には107議席になります」
生徒たち「うわー、2年で」
先生「32年には230議席を獲り、第1党になる。こうなると勢いがある。ここで伝統的保守勢力が出てくる。この人たちは何を考えているんだっけ?」
琴子「共産主義にならないように」
先生「そう。伝統的保守勢力は政治の中心にいる。大統領はヒトラーも、ナチスもよくは思っていないけど、今はナチスと組んでおけ、と承認する。政治的に共産党をつぶすための政策に出る。そこで、ヒトラーがどうするかというと…、首相の座を要求する」
琴子「がーん」
直樹「やってしまったね」
先生「34年には、何とヒトラーが首相と大統領を兼任する総統という地位に着く」
直樹「そりゃ相当(=総統)すごい」
秀「もういやだー」
先生「えっ。いやって、どっちが。総統になったこと、直樹のだじゃれ?」
直樹「歴史はギャグが連発するね」
秀「そう言えば、晃は最近、ギャグを言わなくなったね」
この間、ケンは黙々とノートをとっていた。

◼︎耳で聞く授業

前述のやり取りは、2017年2月、NPO法人が運営する小中一貫のフリースクール、横浜シュタイナー学園(横浜市緑区)で行われた、9年生(中学3年生)のエポックと呼ばれるメーンの授業の1場面だ。エポック授業は、毎日朝の100分間、同じ科目を2~4週間、集中的に学ぶ授業だ。

卒業間近のこの時期、担任の黒沼亜矢先生は軍国主義に突き進むドイツの歴史について、物語を聞かせるようにゆっくりと語った。新しい事象を聞くたびに、生徒たちは嘆息し、歓声を上げ、感想を漏らす。うるさいクラスとも取れるが、先生の話に耳を澄まし、内容を理解しているからの反応である。20年度から順次実施される小中学校の次期学習指導要領で国が進めようとしているアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)の先取りといえる。いや、これがシュタイナー教育の授業スタイルなのだ。

シュタイナー学校には教科書が無い。先生の話をもとに、自分たちで作り上げていくA4版のエポックノートが生徒たちの教科書になる。教科書が無いから、先生の紡ぐ物語で初めて、学ぶことになる。歴史の事象一つひとつが知らなかったことだ。だから、授業は新鮮だ。

物語を聞かせるような学園の授業スタイルは、1年生から9年生まで変わらない。黒沼先生は、複雑な近現代の歴史でこそ、資料を片手に授業を進めるが、特に低学年では教師たちは自ら物語を記憶し、素話で語る。子どもたちはこうした授業を通して、聞く力を育んでいく。

教科書を平板に読み進めるより、新鮮な物語を聞く方が記憶の奥にとどまる。学園の子どもたちの記憶力には、圧倒されることが多い。ウイリアム・シェークスピアの2時間を超える劇の台詞を苦も無く覚え、情感たっぷりに演じるのを何度も目の当たりにした。

記憶力だけではない。耳から入る授業は、集中力を研ぎ澄ます。これまで聞く力を十分育ててきた生徒たちは、14歳以降、思考力も養い始める。ナチス台頭の経緯を聞いていた琴子に疑問が浮かんだ。
「ナチスは、国家社会主義ドイツ労働者党。社会主義なのに、伝統的保守勢力が味方するの?」
「そうだよね」と秀。直樹は「さすが琴子。鋭い質問ですねえ」
琴子の質問に、黒沼先生も一瞬答えに詰まる。
「ナチスは貧しい人たちのための党と打ち出していたけど、実際には、ゲルマン民族の優位性を訴えて国内をまとめようとする勢力だったので、ソ連と組んで力を強めている共産党よりは組みしやすいと考えた。でも、ヒトラーに社会主義を実現するつもりはあったのだろうか。非常に疑問だよね」
琴子の質問をきっかけに、授業は当時のドイツ国内事情から英国とソ連との勢力関係など国際情勢に及び、ドイツの国際連盟脱退へと進んでいった。

以前、5年生だった黒沼クラスを見学したときも歴史の授業だった。当時は、古代エジプトについて学んでいた。当時の取材に、黒沼先生はこう答えた。
「シュタイナー学校の歴史の授業は、人類の意識の発達、変化という視点で捉えています。それを子どもの成長過程と重ね合わせたカリキュラムになっています」
時代は進む。祭祀が支配した古代エジプト時代から、国内政局や国際情勢をにらみながら、第2次世界大戦に突入していく激動の時代に。黒沼先生は生徒たちに「歴史はここまで来ました。昔は牧歌的だったね」と語り掛けた。生徒たちも「ホント、そう」と応じていた。歴史は歩みを止めない。生徒たちも、歴史の学びとともに成長していた。