4年生の授業から「大地の凸凹を辿る 川探険」

2017年11月12日

4年生では郷土学の授業が始まります。
まずは学校の周辺を実際に足を使って学びました。
担任教師による授業レポートです。


2学期に入り、遠足に行きます、と子どもたちに伝えていた。その次には、川探険と伝え、「梅田川の始まりを見よう、川のはじまりってどんなふうになっているだろうか。」「始まりは、(ふだんの森の散歩や田んぼへの往復で馴染んでいた)にいはる市民の森ではなく三保市民の森にあるようです。」と話した。「滝がある。」「川がある。」「難しい。わからない。」という答えに、「水がたくさん湧き出しているのだろうか、小さな水たまりみたいなものがあるのかな。」「始まりの川って大きいのかな、小さいのかな。」とたずねてみた。川の始まりと問われると、子どもたちは鮮やかに描くことが難しかったようだった。たしかに、わたし自身も見ていなければ、考え込んでしまうかもしれない。

東洋英和女学院大学脇の砂利道を下り、鬱蒼とした緑の森に入る。足元はふかふかしていて、緑のどんぐりが落ち始めていた。木々が茂っていて、蚊が多い。起伏が激しく、森の入り口から尾根までは、5〜10分もあれば登れてしまう。森の中には、小川を予感させるような音も聞こえない。上り下りを繰り返し、小さな橋で立ち止まる。橋と言っても、人が谷に下らずに、向こう側に進むために渡されたような小さな橋。橋の下には、水が流れているわけでもなく、水量が増えたら、森の下の方に川のように流れていくのだろうということが想像できるくらいの窪みである。地表をよくよく見ると、しみ出した水で土の色が濃くなっている。思わず手を伸ばし、一口喉を潤したいという澄んだ水やこんこんと湧く始まりではない。空から降った一滴がこの森に落ち、見えない道を通って大地の中からしみてきたのだろうという穏やかな地味な始まりだった。橋の上から眺め、子どもたちは何を思っていたかはわからない。橋の下(1メートルもない)まで降りて、少し湿ったやわらかい茶色の地表を確認してみる子どももいた。森を抜け、コンクリート壁とフェンスで仕切られた小さな川を辿り、念珠坂公園前、一本橋めだか広場までと子どもたちも通ったこともある梅田川沿の道を歩いた。


2回目は、一本橋めだか広場から、梅田川、恩田川、鶴見(谷本)川と合流するまでの川沿いを歩いた。川幅が広がり、周辺の景色も一戸建て住宅、畑、田んぼ、高層の集合住宅、工場へと変わっていく。道も平坦なものになる。横浜という市街化が進んだ地域を感じることのできる風景だった。子どもによっては自転車などで通ったこともあり、「もうこの道を知っている!」という子もいた。そんな感想も予想され、普段とは違う新しい気持ちで川を眺めることができるように、川の幅や流れや深さ、岸の様子、見かけた生き物を書く表も作っていた。見かけた鯉の数を合算している子もいた。子どもたちは「疲れた、まだ(歩くの)ですか?」と言いながら歩き、お弁当を食べ終えるとすぐに遊び始め、「おやつ(甘味)は別腹」を思い出すように、「遊びは別腹、別の力」というほど元気になる。
3回目は、さらに鶴見川の始まりを町田市の源流にたずねたいと計画したが、秋の長雨で延期になっている。大地の凸凹を辿る川探険は、横浜、町田、川崎と行政区分だと異なる地域から通う子どもたちが、みんな鶴見川流域に住んでいるんだ、川で繋がっているんだ!と実感できる探険であってほしい。この後、好天に恵まれますように。

(4年生担任 西尾早知子)