「学力と社会への適応について」

シュタイナー教育と学力

シュタイナー教育では、芸術的な作業や実体験に多くの時間を用います。スピードや達成度を重視する現代的な価値観には非効率と映るかもしれません。しかし、教育に効率や量を求めることが、結局は子どもの学習意欲を失わせ、学びを貧しくするという事実から目をそらしてはならないでしょう。人間の学びとは、バケツに水を注ぐような単純なものではなく、もっと複雑で奥深い営みなのです。

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知識の習得を第一に考え、学習内容を途切れなく与え続ける教育では、直線的な学習曲線(青線)を想定しています。しかしその意に反して、多くの子どもたちはこの線から脱落してしまいます。一方、シュタイナー教育では、1、2年生(6~8歳)頃のゆったりとした学びを経て、3、4年生(9~10歳)付近から次第に学習量が増えていき、7年生(14歳)頃を境に学習量が急上昇していきます(緑線)。

 シュタイナー教育のカリキュラムでは、事物の成り立ちをイメージや身体感覚を用いて自分のものにするところから学びが始まります。文字の導入であれば、たとえば山の形から「山」という文字が作られるまでを、先生が語る生き生きとした物語によって体験します。

こうした導入にたっぷり時間をかけることで、子どもたちの中に学ぶことの意味と喜びがしっかりと浸透します。

学年が上がるに連れ、学びの抽象度はどんどん上がっていきますが、この時点までに学ぶ喜びを身につけた子どもたちは高度な学習内容にもしっかり食いついていきます。テストは不要です。喜びに基づく学びは自発的な学びの連鎖を紡ぎ、彼らは卒業後もそのモチベーションを発展的に継続させていくのです。次の南オーストラリアの調査研究はその好例です。

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※ 大学に進学した一般の学生とマウントバーカーウォルドルフ学校(シュタイナー学校)卒業生の学力比較調査
南オーストラリア・アデレイド大学での調査
出典:永田佳之「教育とセレンディピティ」(『教育展望』2005年1・2月号)

一般学生の成績は二極化するのに対し、マウントバーカー校(シュタイナー学校)の卒業生は好成績の側に集中しています。通例では「最優秀」が5%以下、「優」が15~20%程度であるのに対し、マウントバーカー校卒業生は「最優秀」と「優」だけで約5割を占め、不合格は3%以下という良好な結果を示しています。

※マウントバーカー校では様々な階層の家庭の子どもが混在しており、政府の補助を受ける貧困層の家庭も34%を占めている(当時)。同校は特定のエリートのための学校ではなく、統計の結果が階層の偏りに由来するとは考えにくい。

社会への適応か、自由への教育か

上記の事例では、入学に際して国の標準テストを免除されるなど、シュタイナー学校の卒業生が大学から高い評価を得ています。その理由は成績だけではありません。たとえば、シュタイナー学校の卒業生が研究室にいることで、研究室全体が活性化されるという報告があります。彼らが身につけたコミュニケーション能力と異文化への受容力が、友人たちを互いに結びつけ、創造的な場を生み出すのです。

それを裏付ける統計として、すでに多数の卒業生を送り出している欧米での追跡調査があります。北米の調査では、シュタイナー学校の卒業生が進学した大学の教授約100名から得た評価が公表されています。問題解決能力など8項目についての設問に対して、全項目がほぼ最高点となっています。

設問 5段階評価平均
(1)問題解決 4.6
(2)イニシアチブ 4.8
(3)倫理基準 4.6
(4)判断 4.4
(5)真実を語る 4.7
(6)コミュニケーション 4.7
(7)リーダーシップと効率 4.4
(8)社会意識・他者への配慮 4.8

参照資料:青山学院大学教育人間科学部紀要第1号(2010年3月)所収
今井重孝「三つのシュタイナー学校卒業生調査の主要結果について」

また、同調査では就職先の雇用者による評価も公表されており、「驚くほど創造性がある」、「信頼できる」、「リーダーシップがある」、「社会意識が高い」、「倫理的・道徳的なモデルである」という評価が並んでいます。

シュタイナー教育の目標は社会への適応ではなく、真に自由な人間の育成にあります。自分の軸をしっかりと持ち、自己肯定感をもって世界と向き合い、他者を受け入れ、ポジティブに働きかけていく。そのような自立した人間は、自らの力を発揮しながらも、しなやかに社会と関わり対処していくのです。

社会全体が流動化する時代にあって、社会に求められる人間像も大きく変化してきています。既成の枠組みにとらわれずに、自由な発想で物事に粘り強く取り組んでいける、そんな力を育む教育が求められているのです。