今、世の中にはあらゆる情報や新しいテクノロジーがあふれていますね。コロナ禍の影響で、子どもたちの教育環境にもICT機器などがぞくぞくと導入されています。でも本当に?子どもたちはそうしたものを受け取る準備ができているのでしょうか?なんだか不安になってしまいませんか?
横浜シュタイナー学園では、高等部としての学びが始まる9年生で初めて、コンピュータの学びが導入されます。学びを終えた子どもたちの感想が、その時期が決して遅すぎはしないことを教えてくれます。芽生え始めた思考の力で、目に見えない筋道を見えるものに落としていく。まさにその時期の子どもたちの思索にぴたりとはまるようです。
2013 年度から始めた 9 年生のコンピュータ・エポックの学びは、今年度で 10 回目となった。試行錯誤を繰り返し、その年の 9 年生クラス担任からアドバイスを受けながら、ここ数年である程度満足できるスタイルが確立されたと思う。生徒からは口々に楽しかった!との感想をもらったが、今回特に嬉しかったのは、「この学園で低学年のうちにコンピュータに触れさせない理由がわかりました」という声が数名の生徒から上がったことだ。
10 日間のエポックは、まず冒頭でコンピュータ開発の歴史に触れた後、授業のメインテーマである加算器(2 進法で足し算を行う装置)の製作に取り組んでいく。最初は厚紙で作ったシーソーの組み合わせで回路を作る。コンピュータには電気的なパルスが飛び交う人間の脳のイメージが定着しているが、そのステレオタイプを覆すためだ。事実、実現可能なデジタルコンピュータの最初の考案者とされる数学者バベッジが構想したのは、シュッシュと蒸気を噴く蒸気機関で動く巨大な機械だった。
この導入の後に、リレーと呼ばれる電磁スイッチに取り組む。これを組み合わせて、加算器の原理を学びながら、大きな装置を地道に組み上げていく。途中、コンピュータに動きを与えるクロック回路、メモリー回路、電信装置の実験も行いつつ、最初は単純だった回路は徐々に複雑さを極めていく。
黒板に描かれた回路図を、スパゲッティーのように配線が絡み合う装置に実体化していく作業は、思春期の彼らにとって、抽象概念を生きた現実に結びつけていくための素晴らしい訓練だ。男子も女子も、自分が行っている作業の意味が理解できた喜びを、エポックノートの感想に記していた。
繰り上がり計算ができる全加算器の配線作業では、あるチームが悪戦苦闘していた。何度も配線を確かめ、つなぎ直し、ついには一から作り直して試すが、どうしてもうまく動作しない。後で調べてみたところ、原因は電池だった。1,2 個のリレーが動作しているときは問題ないのだが、リレーが一度に 4 つ動作する計算パターンがあり、そこで電池がギブアップしていたのだ。そんな失敗があっても、「それでも、今日は今まででいちばん楽しかった」との感想がノートに書かれる。彼らのマインドにジャストミートしているのだ。
最終的に 3 桁の 2 進数を計算できる加算装置が完成し、スイッチをパチパチ切り替えながら検証を行った。さらに、仕上げにシーケンサーというお手製の装置をつないで、さっきまで手動で設定していた数字の組み合わせを自動で送り込むと、装置は一気にコンピュータらしくなる。ひとりの生徒は、「仕組みを理解できたぼくにとって楽しい〈おもちゃ〉になりつつある」とノートに書いた。
ここまで積み上げていけば、一気にコンピュータの仕組みは理解可能だ。プログラムの意味、文字、映像、音などの情報がどのように扱われているか、検索の仕組み、入出力装置の仕組みを矢継ぎ早に解説した。そして最終日は、お待ちかねのインターネットの学びだ。
パケット通信の仕組み、ホームページ、電子メール、SNS を含めた掲示板サービス、検索エンジンなどについて説明した後、全員の机を丸く並べて座った。それぞれの机をドイツ、中国、ベトナム、ロシア、ウクライナ等々の国と決めて、パケット情報に見立てたボールでキャッチボールをする。国境を越えて、さまざまなメッセージが飛び交っていく。
そう。インターネットの黎明期には、こんなふうにわくわくしながら、世界が平等につながり、多様で民主的なネット社会が到来する未来を皆が夢見たのだ。しかしやってきたネット社会の現実は、確かに便利ではあるが、人々の偏見を強化し、操作し、分断をもたらし、極端な富の偏在化を日々生み出してもいる。
わたしは生徒のエポックノートにつけたコメントの最後に、次のような主旨を書いた。コンピュータ自体は考えたり感じたりはしない。コンピュータの動きに意味を与えているのは、どこまでも人間の精神なのだ。
だから、よりよいコンピュータ社会を築こうとするなら、まず倫理と法という人間の営みの大地の上に立つことをわたしたちは学び直す必要があるだろう。わたしたち自身も、ここでネット社会と自分の生き方を見つめ直し、子どもたちの未来に何ができるのかを考え、行動することが必要ではないだろうか。
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2022年12月16日(金)
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