夏休みボランティア工事 その1 〜玄関たたき編〜

2019年9月16日

横浜シュタイナー学園の創設時、わたしたちは校舎改修の多くの部分を保護者、教員、そして学園づくりに興味を持つ友人たちの手による「ボランティア工事」で賄いました。 この伝統は、2011年から使っている十日市場校舎の立ち上げ工事でも生かされました。 ここ数年は大がかりな工事はお休みしていましたが、今年の夏にはその横浜伝統のボランティア工事が復活しました! 平日はあまり学校にかかわることのできないお父さんたちが休日を割いて集まり、「ああでもない」「こうでもない」と議論しながら工事した結果の玄関たたきと校庭の柵は、子どもたちの日常生活に大きく貢献することでしょう。 猛暑のなか、熱気に満ちた工事の報告をお読みください。 (ボランティア工事担当教員 長井麻美) この夏、学園では先生・保護者によって2つの修繕・工事がおこなわれました。 一つは、霧が丘校舎の校庭フェンス工事。半年以上の調整と設計の試行錯誤を重ねた(自分たちでいうのもナンですが) 素敵な木製フェンス。 もう一つが、十日市場校舎入口の木タイル修繕。 こちらは綿密な調整のフェンス工事とはうってかわって、男気溢れる当日計画当日施工(出たとこ勝負)の一発工事。 木のブロックタイルが凹んだり傷んだり、ガタガタになってつまづいてしまいそうだった入口の修繕です。 集まったのは、男気溢れる長井先生とオヤジ達5人。 まずは意外と重い木タイルをはがしていくところから始めました。その数は多分400を超えたと思います。 あっという間に仮置き場としたブルーシート上に、木のブロックの山ができました。 このタイルを支えていた木の内枠を確認すると、底が腐食しかけて既にボロボロ。即断即決で交換することにしました。 すぐに寸法を採って買出し。併せてタイルの底を支える砂を購入してきました。 元々の内枠の木材角が若干小さいものであったため、新枠の設置は難しいところもありました。 しかしそこはオヤジ達、軽口・近況語りながら、ノコギリ・カンナで真っさらなヒノキ材がミルミル加工されていきます。 手際の良さとビギナーズラックが相まり、えいやっと一発で壁間を隙間なく決めて(少しは隙間あったかも)内枠完成。 さてここからはかなり地道な作業。 下地に砂を追加して平らにならし、一つ一つ木タイルを並べていきます。 と、その前に、○年のホコリや汚れにまみれた木タイルをキレイにする所から。 腐食でボロボロなのから、意外ときれいなものまで、種々様々で多種大量。 永遠かと思えるホコリ払いは、少し辛い気持ちになりましたが、学園の刷毛が大活躍で助けてくれました。 自然とできた役割分担で、並べ担当の四人のオヤジは愉しそうにタイルを置いていきます。 少しづつ大きさの違うタイルを、あーでもない、と考えて並べますが、性格出ますね。、 悩みながらゆっくりと進める人。えいやっと片付けようとする人。楽しい時間でした。 何故か簡単にキチンと並べきる人もいれば、どうしても上手くタイルが入らない人。 あーでもない、こーでもないと笑いながら、最後は皆の力ではめ込みました。 と、云うわけで完成です。よかったよかった。 先達が作り上げた十日市場校舎の、顔ともいえる入口タタキが、少しだけ新しい顔で修繕されました。 学校作りにかかわった方々の想いとともに、自分たちの代の想いも少しだけ学校に残っていってくれたら良いなぁと、汗だくになりながら満足そうな顔で記念撮影をしたメンバーたちでした。 (2・5年保護者 千代継)

100周年記念教員インタビュー  Vol.1(後編)

2019年9月1日

100周年記念教員インタビュー  Vol.1(前編)に続く後編をお届けします。 ーシュタイナー学校を出たわけではない大人(教師や保護者)がシュタイナー教育はいいものだと知って、確信して学校に出合えたことが不思議です。長井先生はどんなきっかけがあったのですか?  もともと教師になりたくて小学1年生で作文にもそう書いた。先生は何でも知っているからと。高校3年生では歌って踊れる教師になると宣言した。大学は教員養成系だったが、その頃から何となく自分の居場所は公立学校ではない気がしていた。高校は美術系だったので、美術教師を目指し、初の海外美術研修旅行はヨーロッパでドイツ、オランダ、イギリス、フランスに行った。大学2年生だった。旅行から帰ってきた直後、本屋で「ミュンヘンの小学生」をみつけ、読んでみると目からうろこが落ちた。面白そうな学校だと思ったが、当時日本にはなかった。がちょうどそのときマリーシュタイナーからオイリュトミーをならった大御所エリゼ・クリンクさんのワークショップに参加したり、たまたま大学内にシュタイナー教育に興味のある同級生がいて、その人の誘いでシュタイナーハウスに行ったりした。その頃はちょっとした留学ラッシュで、ちょうど隅田先生もオイリュトミーの勉強に行かれた。すでにドイツでオイリュトミーを学んで帰ってきた上松恵津子先生のオイリュトミークラスに通った。勉強する仲間もできたし、留学する人もいたが、自分は引っ込み思案で最初は海外留学なんて考えられなかった。  その後、大学を卒業し、公立小学校の個別支援級でパートタイムの補助教員として2年働いたことがよかった。というのは健常の一般級の子どもは、教師の都合に合わせてくれているから分かりにくいが、そのクラスの子どもは今は休みたいとか走りたいとか本心はこれがやりたいとがそれぞれにあるというのを知ることができたから。一人ひとりがそれぞれに発達の道筋があるとか、寄り添わないといけないこととかという教育の原点を若いうちに知ることができた。大きな教室では分かりにくいと思う。そして自分はやはり公立ではないところで教師になろうと思った。たまたまドイツ留学を後押ししてくれる人が現れ、両親を説得してくれた。25歳の時だった。 -幼児教育協会30周年の講演でもドイツで自分は強く望んだわけではないのに教師になることを応援してくれる人や子守をかって出てくれて養成講座に出られるよう助けてくれたり、日本にシュタイナー幼児教育を根付かせるために難しい最終試験に合格するようサポートしてくれた方がいたという話を聞きました。  なんか役割があったんですよね。準備されていたというか。助けてくれる人がいるんですよね。この学校ができたのも松田仁先生がきっかけをくれたんです。当時、自分は私立小学校の教師と土曜クラスの二足のわらじを履いていた。でも松田先生が鴨居の土曜クラスにやってきて「そろそろ横浜に全日制の学校を作らないといけないと思うんです」と言ってきた。その時は自分たちで学校をつくるなんておこがましいという思いもあったが、保護者の中にも準備会に入る人がいるときき、2002年の春、土曜クラスの慰安旅行の温泉地で、神田昌実先生、隅田みどり先生、当時土曜クラスでオイリュトミーを教えていた石川公子先生と、自分たちにできるだろうかと真剣に問い、「やろう!」と決めた。その4月に「作る会」が発足された。  その時にアメリカから帰ってきたばかりの浜本先生がいた。土曜クラスの保護者であった太田さん、寺島さんや、大西さん(お父さん)がいた。その「つくる会」のメンバー20人で資金をいくらまで出せるかを紙に書いて集計したら、1000万円以上あった。そのお金で霧ヶ丘校舎を借りることが出来、約束の期限通り2005年、3年後に開校することができた。 -20人で1千万といったら平均一人50万円ですが、その後、戻してもらうとかはなかったんですか?  ないですよ。いまだに出しっぱなしです。最初は給料だって出ると思っていなかったです。初期資金は返してもらうものとか、そんなことを考えていた人はいません。その時の気運です。今はもう、離れてしまった人もいますし。 -その方々の意志と働きとお金があって今が、この学校が、あるんですね。ありがたいです。伝えていかないとならないです。  そうですね。機会があれば。普通、シュタイナー学校は自分の子どもを学校に入れたいという親と教育に携わる教師とで始めるが、横浜の場合は自分の子どもは大きいし入れないけれど、この教育がいいものだと知っているから応援するよ、という3本目の柱があるのが自慢したい特徴です。それが今のスクールショップの星の金貨です。 -横浜シュタイナーどんぐりのおうちは総会の時に必ず、学園の一室を借りて始めたこと、今の物件で幼稚園をつくるまでのことなどの原点を話しています。次につながるエネルギーになる感じがします。  学園でも少し前には総会の時か年度初めの会議の時に、つくる会からの話をして、それを聞いて感動の涙を流した人を運営委員に誘おう、などとまことしやかに言っていた時がありました。「あの人泣いてたよ」と声をかけたり(笑)。 -100という節目はシュタイナー的にどう考えたらいいのでしょうか?キリストの生涯の33年の3倍というのは定説なんでしょうか?  これはうがった見方で「知る人ぞ知る」みたいなものです。普通だいたい33年は1世代でしょう。人間の3世代。4年生の郷土学でも親とそのまた親のように人間の一世代の営みという意味でそんなに遠くなく、イメージしやすい。100年は3代です。商売も一代で消えるとか持続して2代目、3代目とか「代」で話すと把握しやすい。10の十倍というより33の3倍のほうがイメージしやすい。 -100年は祝祭ですか?  これまでの100年を振り返り、次の100年はどうやって行こうかなと居住まいをただす節目。「わ~、やった!」というめでたさではなく、ミカエル祭、クリスマスという祝祭でもない。今ある自分たちを見直すことにもなるし。本当は節目がなくても毎日自分を見直せればいいんだけど、せっかくの大きな節目だから来し方を眺めて何が大事だったかな、と眺めて振り返りながら、じゃその本質って次のためにどう生かしていけるのかなって思うのにちょうどいい時なんじゃない。 今までやらなかったことをやってみる勇気とか一歩踏み出してみるとかですかね。 -先生は今までやらなかったこととかこれからやろうとしていることって何かありますか?令和になりましたし。  自分は来年担任になるかどうかとか。そうそうこういうサバティカルな立場でもいられないし、決めないとならないのですが、今はまだわかりません。規則では、担任を始める時点が定年前ならいいのですが。高等部の美術史も面白いんです。研究したいです。今回縁あって愛知に行きますが、他校との交流や、千葉や仙台の小さなシュタイナー学校を学校協会の正会員になれるように応援するお手伝いなどを、今年はしていきます。 -先生のドイツ時代のこともお聞きしたかったのですが、時間が無くなってしまいました。第二弾の時に教えてください。貴重なお話をどうもありがとうございました。 (聞き手 Y100メンバー 4年生保護者 鈴木真奈美)

100周年記念教員インタビュー  Vol.1(前編) 

2019年7月14日

シュタイナー学校ができて100年経つ記念すべき2019年。先生方より「シュタイナー教育100年について思うこと」をお聞きしていくインタビューを行うことになりました。はじめにY100の担当教員である長井麻美先生にお話を聞きました。 「これからの社会を創るのは軍事力ではない、人間そのものだ。我々は、人間本質に合った教育方法で未来の社会を創造する力を持った子どもたちを育てるべきだ」という言葉でシュタイナー学校が始まりました。ー中略ーしかし今、人間存在に危機が訪れているという意味では、100年前の世界と似ているのではないでしょうか。機械化、合理化が著しく進み、「AIが人間を超えた」などと言われる時代であるからこそ、人間とは何かを問い直し、人が人を育てることの意味を考える必要があるのではないでしょうか?ニュースレター120号より  -このことをもう少し詳しく教えていただけますか? 100年前と時代背景は違っているけれど人間はどう生きるべきかという問いに向き合っているのはシュタイナー教育。今IT化が進み、AIなどが活躍すると人間がやることがなくなったとか人は職を失うとかいわれている。人間とはどういう存在かを問われているという意味では今の時代も同じだと思う。 -近い将来、今ある職業の多くがなくなるといわれているけれども教師など人と人がかかわる仕事はなくならないとも聞きますが? でも、最近タブレットとかね。学校に行けない子どもがインターネットを使って学ぶとか、もうこれから生身の教師がいらないのではないかとまで言われている。シュタイナー教育は人間だからこそ人間が人間を育てることが大事と終始一貫して言っている。学びの課程で子ども自身が自分で感じてみるしかないし、自分で体験してみるしかない。機械が発達しているからこそ、より人間が必要になっているのではと思う。 6期生の卒業プロジェクト(卒プロ)にもあったけれど人間らしさとは何かっていう問いに対して、「知性を身に着けた」とか「手先が器用になった」とか答え方はいろいろあるけれど、彼は「勇気があることだ」って言ったでしょう。まさにその通りで、人間が人間に教えられることって知識ではなくて勇気とか人を大事にする力とか乗り越えていく力だと思うんですよね。そんなのコンピューターで教えない。教えられない。コンピューターの問題解決プログラムが学べるとかいうけれど、それで人間強くなると思わない。だから今こそ100年前に言われた人間の本質を考えるシュタイナー教育が大事だと思う。 ー卒プロよかったですね。保護者として最後にいいもの見せてもらったなと思っています。 子どもたちの卒プロは準備していくうち日に日に変わっていった。発酵していくかのように。「ただ調べて発表すればいいわけではなくてその何十倍も何百倍も調べないといけないよ。それだからこそ中身のある内容になるんだからね」と伝えました。その結果か、質問されたらどうしようという子もいなかったし、終わった後でもっと質問してほしかったという声もありました。聴衆も温かくて表現してみて楽しかったようです。6期生は、8年生劇でもっと完全燃焼したかったという思いがあり、農業実習のよさをもっと伝えたかったのに月例祭では思いを客席に届けられなかったという悔しい思いがあった上での卒プロで、その後卒業オイリュトミーを全員でやりきった。9年生ならではのカリキュラムのよさがあり、そんな中で、自分たちで見つけるものがあってよかった。それこそふさわしい時期にふさわしいカリキュラムがあり、人間的な発達があったということだと思います。 -現代の課題については? では人間は何をすべきか?というと、自分に便利なものだけが発達していく、開発されていくけれど、未だに二酸化炭素を減らすこともできないし、花粉症はなくならないし、海洋のプラごみを減らすこともできない。目先の便利さだけで人間いいの?と疑問を持ち、そうではない方向性を持てる人間がこれから必要だと思う。  自分本位ではない、全体を見渡すようなグローバルな視点を持つ。自然の中で人間は生かされているという感覚をちゃんと持てる。頭だけでなく心でわかるような人間を育てる可能性があるのがやはりシュタイナー教育だし、それが大事な課題だと思う。 ー全体を見渡せる、グローバルな視点をもてるようになるのはシュタイナー教育のカリキュラムによるのですか?オイリュトミーでそういう感覚を得られるのでしょうか? すべての教科で、です。大人になるときに自分が好き勝手にやったことの結果、地球の裏側の自然環境が壊れるというように思うこと、思い至れること、そういう想像力を育くんでいると思うんです。シュタイナーの人間観に基づいたカリキュラムや活動には、これからの人間はどう生きたらいいか、という本当のグローバルな視点が入っている。目に見えないものとのつながりを含めたものが自分と世界を繋げている。どんな仕事をしていても根底にその視点があれば、世界は変わっていくのだと思う。 -そういうシュタイナー教育のすばらしさを保護者としても伝えて行きたいのですが。 究極的には日本で7つあるこういうシュタイナー学校を卒業した生徒たちが身をもって示していく。ちょいと体験した人がわかるものではない。授業をしている私にもわからない。シュタイナー学校を出たわけではないから。彼らはどんな人生を築いていくのだろうか・・・ (後半に続く) (聞き手 Y100メンバー 4年生保護者 鈴木真奈美)

春祭りに参加して

2019年5月30日

1年生が入学して、2か月近く経とうとしています。担任の神田ひとみ先生は「子どもたちは、だいぶ慣れてきましたが、いい具合の緊張感を持って過ごしています」と話していました。 少し前のことになりますが、入学式から間もない4月に行われた春祭りの様子をお伝えします。 1年生が入学してから一週間後の4月22日の月曜日に、霧が丘校舎の校庭で春祭りが行われました。 横浜シュタイナー学園の霧が丘校舎には5年生までの教室があり、6年生になると十日市場校舎に移動するため、春祭りは毎年5年生までの子どもたちでお祝いされています。春祭りというのはいわゆるイースターのことなのですが、宗教的な意味合いの持つ祝祭というよりも、学校では「新しい子どもたちとの出会いの喜びのお祭り」として祝われています。 春休み前の手仕事の時間に、子どもたちはまだ出会っていない新しい仲間に想いを馳せながら贈り物を作ってくれていました。2年生は毛糸でつくったポンポンうさぎ、3年生はフェルトを縫ったひよこ、4年生は羊毛でふわりとしたことりを作ります。それぞれの学年(月齢)の子どもたちが手を動かすのにふさわしいものを先生方が考えてくださっているのですが、仕上がったものを見るとどれもその学年の子どもらしさが感じ取れます。 春祭りでは、自分たちが作ったものを校庭の草木の間などに隠しておき、それを1年生に見つけてもらうことになっているので、4年生までの子どもたちが校庭で準備をしている間、5年生が教室にいる1年生を迎えに行きます。私たち1年生保護者は、贈り物を仕込み終えたタイミングで校庭に合流させてもらいました。 1年生たちが来るまでに少し時間があったので、5年生担任の神田先生が「歌の練習をしましょう」とおっしゃいました。それは「Come Follow Me」という英語の歌なのですが、何度か歌ってみた後に、まだ言葉の意味がわからない子どもたちのために神田先生は歌詞を体で表現してみせました。歌は「Come, follow, follow, follow, follow, follow, follow me.」と始まるのですが、それをそのまま日本語にして”説明”するのではなく、4年生担任の横山先生に手招きをしながら歩き、横山先生が神田先生について行く…というように、歌詞の内容を二人の先生が実践して子どもたちに見せていました。なるほど、「実体験に基づく教育」を大切にしている学校ではこのような教え方になるのだなと改めて感心しました。 そうこうしている内に、1年生が5年生に付き添われて校庭に現れ、全員が輪になると、早速贈り物を探します。自分の子どもはどんな様子だろうかと見ていると、「これから何かを探すのだ」と理解した娘が、見たこともない程ワクワクしたような表情をしていて、思わずびっくりしてしまいました。でも、隣で付き添ってくれている5年生の子が目に入った時には、もっと驚いてしまったのです。これまで見かけてきた彼女とは全く違う、とても”お姉さん”の顔になっていました。ほわんと、やわらかな雰囲気をまとったその子のことが大好きなのですが、急に大人びたように見え、その差にドキリとしてしまいました。その他の子たちも見てみると、やはり春休みの間に急激にしっかりとしたように見えた子も多く、つい一人ひとりを観察してしまいました。学園の子どもたちは他の学年の子であっても、とても身近な存在に感じます。彼らの成長を感じる度に、人ごとではなく、時折思わず涙してしまう保護者はきっと私だけではないはずです。そんな子どもたちと一緒にひと時を過ごせて幸せな時間でした。 そして校庭で見つけた贈り物を大切に家に持ち帰った娘は、しばらく嬉しそうにそれを眺め、長女が帰宅した後は春祭りの話題で随分と盛り上がっていました。お天気にも恵まれ、一年間の最初の祝祭を無事に終えることができ、新しい学園生活の良い幕開けとなったように思います。毎年恒例の「小鳥パン」を焼いてくださった3年生の保護者のみなさま、ありがとうございました。(私が手にした小鳥パンは思わず製作者の方のお顔が思い浮かぶような愛嬌のあるパンでした) (1・4年保護者 松山ちかこ)

今年はシュタイナー学校創立100周年

2019年5月14日

1919年9月のことです。ドイツ、シュトゥットガルトにあったたばこ工場の建物で、ひとつの学校が誕生しました。当時、軍事力を使ってヨーロッパに君臨しようとしたドイツの夢は、第一次世界対戦で敗れたことで打ち砕かれ、国中が意気消沈していました。 「これからの社会を創るのは、軍事力ではない。人間そのものだ。我々は、人間の本質に合った教育方法で未来の社会を創造する力を持った子どもたちを育てるべきだ。」暗い闇夜にろうそくの火を灯すようなこの言葉でルドルフ・シュタイナ-は賛同者を集め、世界最初のシュタイナー学校「自由ヴァルドルフ(シュタイナー)学校」が始まりました。 ドイツでは伝統的な徒弟制度が根強く残っていた為、当時は男女がひとつの教室で学ぶことや、職業の違う家庭の子どもたちが同じ学校に通うこと自体が珍しかったようです。しかし、見た目にも画期的だったこの学校の本当の革新的な部分は、その教育理念にありました。それは、人間の本質を見抜き、本質に合った教育を施すことです。「人間の成長、発達には普遍的な順序と適切な期間がある」と説いたシュタイナーの人間観に基づいた教育方法は、ドイツのみならず世界中の子どもたちに通用しました。また、根本的な理念を押さえた上で、それぞれの国の文化に沿ったカリキュラムを創造することが可能でした。それがこの100年間でシュタイナー学校が広がり、今や世界各地に1000校以上が存在している理由だと思います。 シュタイナー学校創立100周年を記念したさまざまな動きがあります。世界中のシュタイナー学校が手を繋ぐプロジェクト(全世界葉書交換プロジェクトは今も進行中)や日本中の学校が協力して行うプロジェクト(8月16日~18日の渋谷でのイベントを中心に数々あります)のほか、個人的に世界各国のシュタイナー学校を訪問することに挑戦している人たちもいますから、今年は海外からの訪問客が増えるかもしれません。 横浜シュタイナー学園では、12名の教員が「最初のシュタイナー学校」で9月に開催される世界的な教員会議に参加する予定です。10月には報告会を開き、学びを分かち合いたいと思います。   学内ではこの機会にシュタイナー教育に対する思いや考えを深めていこう、と保護者の有志の皆さんがプロジェクトを立ち上げ、さまざまなイベントが計画されています。 100年前にシュタイナー学校が創立された理由をそのまま現代や未来への課題に当てはめることはできないでしょう。しかし、今、人間存在に危機が訪れているという意味では、100年前の世界と似ているのではないでしょうか。機械化、合理化が著しく進み、「AIが人間を超えた」などと言われる時代であるからこそ、人間とは何かを問い直し、人が人を育てることの意味を考える必要があるのではないでしょうか。 2019年は、これまで100年続いてきたシュタイナー教育の歩みを振り返るだけではなく、次の100年に向けて人間存在の本質を見つめ、変貌しつつ歩んでいく可能性を探る年にしたいと思います。 一・六期生担任 長井麻美 2019年6月23日、7月21日開催 なぜ、今、シュタイナー教育なのか ~100周年記念対談シリーズ~ 2019年8月16日〜18日開催 企画展「世界がかわる学び ~シュタイナー教育100周年~」in 渋谷  

入学式 〜天使のささやき〜

2019年5月11日

入学式、まだ花が十分に残っていた学園の前の桜は、今やその姿をすっかり変えて、日に日に緑を濃くしています。それくらい、ちょっと時間は経ってしまいましたが、保護者から寄せられた、入学式にまつわるエピソードです。 春休みが残りわずかとなった頃の週末に、保護者による霧が丘校舎の大掃除が行われました。大掃除は毎学期ごとに行われていますが、子どもたちが進級して新しい教室になってから最初の掃除は少し特別に感じられます。自分の子どもの教室の掃除が終わると、共有部分や、まだこれから入ってくる新一年生の教室も手分けして作業されて校舎全体を手がけます。みんなで協力しながらテキパキと作業が進められました。 私は入学式が行われるオイリュトミー室で「一週間後の入学式」のことを思いながら作業をしていて、ふと三年前の長女の入学式のことを思い出しました。当日は教員と、ライアー演奏をしてくださった保護者や係の仕事を担ってくださる保護者が少数いるだけでしたが、部屋のあちこちから「おめでとう」という小さなささやきが聞こえてくるような気がしたのです。それは、まるで天使がささやいてくれているかのような小さな声でいて、泡のようにスッと消えていくのでした。丁寧に掃除された校内のすみずみや、さりげなく飾られたお花から、それは聞こえてくるよう。もしかしたら、その日に姿は見えなかったけれど、私たちを迎える準備をしてくださった保護者たちの想いが、小さなささやきとなって届いたのかも、と思うのです。まるで物語かなにかのような話ではありますが、私には確かに届き、それを確かに受け取ったのでした。 そして、入学式当日、私は次女を連れて二度目の入学式に出席するために学園を訪れました。「入学おめでとうございます。みんなに会えてとても嬉しいです。」と、2年生担任の末永先生がおっしゃいました。校舎自体もまるで末永先生と同じ気持ちを伝えてくれているかのように、普段よりもうんと輝き、喜び満ちているように見えました。 日ごろから保護者や教員によって手がかけられている校舎は訪れた人達から「雰囲気がとてもあたたかいと感じた」との声も多く聞かれます。百聞は一見に如かず。是非たくさんの方に訪れて体感していただきたいと思います。もしかしたら、あなたにも天使のささやきが聞こえてくるかも、しれません…。 (1年4年保護者 松山ちかこ) 今年度もたくさんの講座やイベントを予定しています。ぜひ足を運んで学園の雰囲気を感じてくださいね。 詳細は学園サイトでご確認ください。 https://yokohama-steiner.jp (広報の会)

長期休みの保育がスタートしました

2019年4月17日

新1年生14名と転入生2名を迎え、横浜シュタイナー学園の2019年度がスタートしました。桜並木の淡いピンク色の花びらが舞う中、無事に入学式を終えることができました。 例年、春休み中の校舎はしんと静まり返っているのですが、今年は様子が違い、子どもたちの遊ぶ声が響いていました。学園では今年度より、在籍している子どもを対象に、長期休み中の保育を始めたのです。これまで、保護者有志が運営してきた放課後の子どもの居場所「ペレの家」が、学内の組織になり、長期休みの保育も行うようになりました。 保護者やOB保護者の他、新たに2名の指導員を迎え、シュタイナー教育をベースにしたリズムある3週間を過ごしました。 朝の会の後、自由遊びをし、おやつ、公園での外遊び、手仕事やおやつ作りなど、学園の先生たちとも相談し、1日のリズムを作り、そのリズムを大事にしてきました。私も指導員として入りましたが、保育期間の後半には子どもたちの中にも1日の流れが入っているし、リズムがあることで指導員にとっても疲れが少ない(!)というのは発見でした。 時々、学校を訪れる先生や保護者が保育の様子のぞいては、「お家のようないい雰囲気だね」と言ってくれたそうです。若い男性指導員もいるので、3、4年生の男子たちも、よりダイナミックに鬼ごっこを楽しめた様子でした。時々は小さなケンカもありつつ、大人が見守るあたたかい空間で子どもたちは、安心して楽しく過ごせていたのかなと思います。 これまで「両親ともに働いているから学園への入学は難しい」といった声も聞きましたが、お仕事だけでなく、遠方からの通学や、小さい弟妹がいること、介護など、多様な背景を持つ家庭のお子さんにも、シュタイナー教育を受けて欲しい、という思いで長期休み保育ができました。 これまでも、必要なものは自分たちで作る、という考え方で、いくつもの学内の活動グループが生まれています。これからも大人たちが協力し合い、子どもたちのための良い学校づくりができたらと思っています。 (5・8年生保護者 中島美穂)

アドヴェントを迎える

2018年11月27日

たくさんのお客様をお迎えする「アドヴェントのつどい」はいよいよ12月2日(日)。みなさまどうぞ遊びにいらしてくださいね。 さて、保護者たちの準備も大詰めです。11月14日には、準備のための全体ミーティングが行われました。 本当に、保護者がつくりあげる学校なんだなぁ、とつくづく思う。 ここ横浜シュタイナー学園では、季節の祝祭をはじめ、学園で開催されるほぼすべての催しに保護者の密な関わりが必須である。NPO法人の学校なのだから当然といえば当然の話だが。その中でも春のオープンデイ、冬のアドヴェントと、年二回の一般公開イベントは、学園をまだ知らない一般の方々にもシュタイナー教育を体感してもらうことができる数少ない機会として、計画も準備もさらに念入りなものとなる。 二学期は子どもたちにとってももちろん充実の時期だ。3年生の稲刈りや家づくり、初めての外泊体験である5年生の山の学校、1、2年生だけが体験するマルティン祭などもすべて二学期の行事だ。今年は、9年制教育の学びの締めくくりともいえる8年生劇も予定されている。この時期の学園保護者たちの辞書に『暇』という文字はなく、その手帳にはびっしりと予定が記されていることだろう(…たぶん)。 そんな二学期もいよいよ終盤にさしかかる12月2日(日)、冬の一般公開イベント『おやこでむかえる アドヴェントのつどい』がついに開催となる。 11月に入り、最終打ち合わせのためのミーティングが開かれた。当日、学園で体験できるのはふわふわの羊毛をつかったワークショップや、落ち葉を踏みしめながら静かに体験する蜜蝋ろうそくづくり。淡々とした語り口の静かな人形劇は毎年大好評で、開場とともにチケットがなくなってしまうこともある。 1階カフェと販売ブースには毎年手づくりのお菓子と雑貨が所狭しと並び、大盛況となる。眺めるだけでも嬉しい、美しいヘクセンハウス(クッキーハウス)や、厳選された材料で丁寧にこしらえたお菓子。暖かな毛糸やふわふわの羊毛で丹念につくられた小物など、他ではなかなか手に入らないものも実は多い。この学園のお母さんの手づくりの完成度は半端ないのだ。ここ数年はオトナ買いして帰られるお客さんも少なくはない。カフェでは温かく滋味あふれるやさいスープ、校庭のお父さんカフェでは今年の新しい試みとして羊飼いのシチューをふるまうことになった。 書き出せばきりがないくらい、この『おやこでむかえる アドヴェントのつどい』というイベントは、学園の『手づくり』が堪能できる一日だ。それはそのまま、この学園の教育が子どもの中に育むもの~手間暇をかけることの確かさ・暖かさ~を体現している一日、ともいえるだろう。訪れた人の心にそんなほっこりとした小さな温もりを手渡すことができたら、その温もりを頼りに今度はまた違う場所で集うこともできるかもしれない。そうして少しずつ、共感する仲間が増えるといい。私自身そんな風に願いつつ、日々に追われながら準備にいそしむ学園保護者の一人である。 (広報の会 石倉義子) ※12/2(日)開催「アドヴェントのつどい」詳細は、こちら

3年生の家づくりが始まりました

2018年11月13日

3年生の大きな学びといえば家づくり!横山クラスでは10月に入ってから子ども達が動き始めました。今年はどんな家を造るのだろう?何も知らぬまま、保護者も材料集めのお手伝い。新治市民の森愛護会の方々に今年もお世話になって竹集めです。雨で一週間延期になった10月20日の土曜日は、なんともすがすがしい秋空でした。子どもと一緒に朝9時前に学園に集合しました。横山先生の男手募集の呼びかけに、お父さん達はどんな集まり具合かな~と思ったら、いるわいるわうじゃうじゃ9人も、全く雨後の筍の如し!お母さん達やかわいい兄弟児ももちろんいました。 出発前の先生の説明では、どのくらい竹を取ってくるのか?でしたが、去年の某先生はすぐ終わったと言っていたらしい。では“30分で終わるな”と思いました、が・・・大甘でした。 先生と子ども達を先頭に森へ行儀良く並んで歩いて、池ぶち広場に到着。途中で、後ろのお父さんが、愛護会の人かな話しかけられて何かもらってるぞ、何だ?なんとオスのカブトムシでした。「ああ、こんな時期なのにカブトムシ!」「こりゃ、子どもに見せたら仕事にならんぞ」という事で帽子にひた隠し。その後そのお父さんのペットになりました(多分)。竹林に移って子ども達は3、4人チームに分かれ、愛護会の方々が倒した竹を切る役、押さえる役、運ぶ役、切った竹の枝を落として片付ける役と交代で担っていきました。親も子ども達のチームに入って働きました。家造りの工程中はこのチーム活動で作業していく事が大事なそうな。横山先生が、後で解説くださいました。大きな柱となる太い竹、床や屋根となる竹、壁となる竹。次から次へと切って運んで集まってくる。 すごい量で60本くらいでしたか?一時間半位かかりまして全然30分ではありませんでした。しかし、子ども達は生き生きとよく働きます。子ども達は池ぶち広場へお弁当に、お父さん達大部分は愛護会の方が、2往復して学園に運んでくれた竹を校庭積み卸しに移動です。校庭に子ども達が掘った柱の穴や溝を見ながら、どんな家ができるのやらとお父さん同士で会話が弾みました。果ては自分たちも作りたいね~などと竹をしげしげと眺めたり重みを味わったり、みんなやりたくてたまらなそうで、中身は3年生と変わらないお父さん達だなと自分を含めて感じました。  搬入に時間がかかり、残念ながら戻って子ども達と一緒にお弁当を食べる事が出来ませんでしたが、一転、校庭でシート広げて車座になって父親ランチ会になりました。これはこれでかなり楽しかったです。  先生と子ども達が戻ってきて、竹を整理し直し、先生は試しに子ども達に4本の柱竹を立てさせてみました。大人からしてもかなり重い竹のはずなのに3、4人で穴に差して立てられました。力強くなったな、しっかり地を踏みしめて仕事をするようになって来たんだなというのが、一生懸命協力しながら竹を立てる姿から伝わってきて結構感動しました。横山先生の「失敗するかもしれないけれど自分たちでやってみさせる」という言葉にも、この3年生達が一つの重要な学びの機会を迎えていることの緊張感を感じました。 お父さん達の手伝いももっとあるのかと思っていましたがここまで。一緒に楽しみながら手伝いたい気持ちもあるけれど、それを抑えて、子ども達が自分達の力を発揮できるのを見守るのが大事なんだと思います。子ども達がどうか十分にこの家づくりを体験できますように。みなさまも、よろしくお見守りください。先生方には、毎年貴重な学びの機会をありがとうございます。市民の森愛護会の方々にもいつもご協力感謝です。 (3、9年保護者 鈴木直亮)

特別講座「こどもと暮らし」に参加して

2018年10月31日

とてもとても暑かった今年の夏の始め、宮地陽子先生(横浜シュタイナーこどもの園)による「こどもと暮らし」講座が開催されました。 妊婦さん、乳幼児の子育て中の人だけでなく、学内の低学年や小さな弟妹のいる保護者の方に向けて、としても企画されたこの講座、参加いただいた学内保護者の方に感想を寄せていただきました。 (勉強会G/5年鈴木しのぶ) 7月の中旬に開催された、妊婦さん・乳幼児家庭向けの特別講座「こどもと暮らし」に参加してきました。第二回目の講師は横浜シュタイナーこどもの園の宮地陽子先生でした。 子どもは体と精神の成長の過程の中で、その時々にテーマを持っており、幼児期は「正しい呼吸を整え、体を整える」時期であるということをわかりやすく話してくださいました。 こうした、幼児期の子どもについての話を私も何度か聞いてきたのですが、先生によって表現が少しづつ違ったり、子どもの月齢によっても違う角度からの理解が深まり、自分の中に染み込んでいくように感じます。 少しして、宮地先生が用意されていたワークが始まりました。配られた紙には横長の線が五本、平行に並んでありました。その線の上に自分の人生で節目となった出来ごとに印を付けていきます。他の線には、パートナーや子どもの分も同様に、それぞれ書き込みます。両親や義両親の分も書いてみるといいですよ、と宮地先生。 作業を始めると、たった数年前のことなのに頭が混乱して、家族分書き込むには時間内に終えられませんでした。 そんな私が宮地先生の講座の感想を言葉にしあぐねていると、他の方がこんな感想をシェアしてくれました。 「視点を広げてみる、人生を俯瞰で見る、ということを、いろんな角度から伝えてくれた感じがしました。子育て中、目の前のことに必死になって浸りきるからこその醍醐味もあるけど、それだけだと苦しくなる時もあるから、時々視点を広げることを思い出せるといいよね、というメッセージを、私は感じました。」 (まさにそういうことだった!と、思えました。私は、作業にばかり頭がいきすぎて、少し離れて見ることができていなかったのですね…) たしかに、私たちは子どもと向き合いすぎている時や忙しくている時など、いろんな思考や感情、情報などに支配されがちです。そんな時にふと視点を広げるきっかけや、そのためのやり方がわかると、まるで状況が変わってしまうことがあります。私は、そうした体験をいくつもしてきました。それは特に、娘とシュタイナー幼稚園に通い始めてからです。 幼稚園に通いながら、自分でも人智学について学ぶ機会に時々触れていく中で、自分の視点を変えたり、広げるためのヒントをいくつもいただいてきました。学んだことがいつもうまくいくわけではありませんが、それ以前と比べると子どもと向き合うことが随分と楽になりました。それだけでなく、自分がこの人生を歩んでいく上でとても必要なことを教わっていると感じています。 私が子どものために選んだと思っているシュタイナー教育も、子どもが私をここに導いてくれたと言えるかもしれません。そう思えてくると、少しづつ何かが変わっていくようです。 この日、宮地先生は時間のある限り、参加者からの質問に答えてくださり、あたたかいエールを送ってくださいました。宮地先生に優しく包んでいただいたような時間でした。ありがとうございました。 (3年生保護者 松山ちかこ)